研究課題
酵素分子は生体内化学反応機構のほぼ全てを支配し、特に金属酵素は酸化的リン酸化による電子伝達などの重要な生命過程の構成要素として深く関与している。金属酵素の磁気的性質を利用した反応制御が期待されるが、再現性の高い磁場効果の報告は殆どなされていない。対して、酵素-基質複合中間体にラジカル対形成がある場合はS-T系間交差(S-T intersystem crossing)による反応のスイッチングが可能である。ラジカル対機構を介する常磁性酵素の擬安定三重項状態における遷移状態を解析し、抗腫瘍性発現を低エネルギー磁場で量子化学的に制御することが本研究の試みである。各種の常磁性酵素を封入した機能性のリボソーム体をポリカーボネート膜濾過法で調製し、高分解能核磁気共鳴装置(NMR)を用いた独自プログラムの分光測定によって酵素-基質複合・擬安定三重項ラジカル対の遷移状態を解析した。さらに酵素内に封入したプローブ分子の紫外可視吸収スペクトル変化からの相対量子収量を指標に電子受容性を評価した。その結果、リボソーム膜構成脂質の違いによるフリーラジカル散逸挙動に基づく反応場依存性スピン相関ラジカル対機構の最適化条件に関する重要知見を見いだした。加えて、リボソーム膜内展開型ラジカル対機構を低エネルギー磁場で制御する本システムは、ヒトが先天的に備えた生体内化学反応には殆ど影響を与えないことも明らかとなった。すなわちラジカル対機構を付与した機能性リボソームによる遠隔磁気的制御技術の新規開発には、本来の生体内機能は乱さず恒常性を維持し、リボソーム膜内のラジカル対機構のみを自在に遠隔制御しうるという一つの重要な可能性を秘めていることが分かった。本研究成果が低エネルギー磁場による極低侵襲的治療の将来的発展に貢献することが大いに期待される。
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