研究課題
本年度の研究成果は大きく4つの領域に分けることができる。最初は音声産出の生理面である。松井は自閉症児に見られる外国語様アクセント症候群と呼ばれる障害に関して、ほぼ純粋にこの障害のみを引き起こしている言語障害者1名を対象に、その特徴と脳内機序に関するケーススタディを行った。行動レベルでは有アクセント語についてはほとんど誤りがなく、無アクセント語が有アクセント語に変異するというパターンが多くを占めること、またその時のアクセント核の位置が多くの場合に ディフォールトのアクセント位置 (後部から 2 モーラないし 3 モーラ目) に生じることが明らかとなった。続いて成人の外国語訛りとの平行性に関する研究領域で、野田は非母語日本語学習者の読解過程を調査し,どこをどのように読み誤るのか,わからない部分をどのように推測するのかを分析した。また,読解時に辞書を使用しても,適切な理解に至らないケースも分析した。このような読み誤りや辞書使用の問題点の中には,発達障害児に見られるものと共通するものもあると考えられる。田中は韓国語を母語とする日本語学習者の誤発音について、とくにリズム構造に焦点を当て分析した。韓国語話者が目標言語(日本語)における有標のリズム構造を極端に避けるのに対し、無標のリズム構造を過剰産出することを明らかにした。上記の分析結果をもとに、リズム構造の有標性と自閉症スペクトラム児のプロソディー産出との並行性について考察した。安田は日本人ドイツ語学習者の声帯振動制御に関して、音響的分析を前年度に引き続きおこなっている。次に三浦は語用論的側面に関して、小学生児童を対象にプロソディの特徴について、コーディングを行っている。最後に臨床応用面では、坂本がロボテクスの教育への導入が、学習不安の軽減に繋がる可能性を発見し、自閉症児の学習においてロボットを活用できる可能性を見いだしている。
2: おおむね順調に進展している
本研究の目的は、自閉症スペクトラム児の言語を中心に、発達障害児に観察される言語の特徴的な逸脱を、言語学と音声学から分析し、その問題点を科学的に分析し、臨床に資することにある。昨年度は初年度であり、専門が異なるメンバーがそれぞれの専門領域を発展させて、自閉症スペクトラム言語へと接近する計画を立て、ほぼ順調に終えることができた。プロジェクト2年目にあたる本年度は各自の研究を進めつつ、自閉症言語へどのようなアプローチできるか計画を立て、昨年度の予備的実験結果の考察の上に立って、プロジェクト全体に裨益する研究をさらに発展させることを目標としてかかげた。結果として、松井はこれまで研究の少ない外国語アクセント症候群の事例を分析し、自閉症言語研究の幅を広げた。野田と田中、安田は第二言語習得との平行性に関して、昨年度よりも踏み込んだ研究をおこない、成人の産出の誤りと自閉症児の音声逸脱の類似と相違の解明に手がかりを得た。三浦は相当数の自閉症児のデータに語用論的考察をおこない、自身の仮説の検証を続けている。さらに本プロジェクトでは、自閉症スペクトラム以外の発達期の言語障害をも対象にしているので、上田は難読症児の読み誤りが、音韻論的な分析の価値があることを見いだし、さらに臨床応用的側面では、坂本は成人を対象とした実験を重ねることで、ロボットの利用が、障害児のコミュニケーション支援の可能性があることをさらに客観的に証明した。昨年度は、メンバーそれぞれが、自分の研究分野から「発達期の障害」へとどのようにアプローチが可能かを見いだしたが、本年度はそれをさらに深化させたり、考察対象を広げたりして、各自の役割を果たしている。よって、この研究プロジェクトは、本年度もおおむね研究計画通りに進捗したということができる。
本研究も3年目を迎えるが、今年度も1)発達障害言語の生理的側面、2)成人の外国語訛りとの平行性、3)自閉症スペクトラム言語の語用論的分析、4)臨床応用面とその他の障害の言語学的研究、以上の4領域において、これまでの研究を深化させたり、範囲を拡張したりする予定である。具体的には1)において、松井は自閉症言語に見られるいくつかの特徴を、器質的をも含む他の障害と比較し、自閉症言語は、どの部分がどれくらい障害と見なしうるかを考察する。2)に関しては、野田が日本語学習者の読み誤りや辞書使用と発達障害児の読み誤りや辞書使用を詳細に分析した上で,その共通点と相違点を引き続き明らかにしていき、田中は昨年度行ったリズム構造の有標性と自閉症スペクトラム児のプロソディー産出との平行性をさらに深く考察し、また、日本語吃音話者におけるアクセント処理と吃音生起との関係を分析し、ピッチ付与の誤りが吃音に関与する事例を分析し、吃音と自閉症スペクトラム児におけるアクセント処理が文音調に及ぼす影響との関係を考察する。また安田は発達性難読症の音韻処理、文字(視覚)と聴覚の乖離について研究を行い、外国語の文字入力(ドイツ語学習者を対象)との比較、検討を行う。3)に関しては、三浦が小学生児童を対象のデータ(知識を問う質問30問を与え、質問への回答および確信度評価を行った)について、得られた音声のプロソディ特徴、具体的には、ポーズ、イントネーション、フィラーといった要素を定め、コーディングをすでに行っている。今後はこれらの結果と、正答率や確信度との関連について、群ごとの傾向を分析していく。4)においては、上田が難読症と関係して、読みの発達の実験を幼児に実施し、流暢性の違い(一語ごとに処理して読んでいくかどうか)が、読みの発達や難読症を見分ける指標となり得るかを考察する予定である。
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