研究課題/領域番号 |
18H00677
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研究機関 | 佐賀大学 |
研究代表者 |
吉川 達 佐賀大学, 国際交流推進センター, 講師 (70599985)
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研究分担者 |
佐々木 良造 秋田大学, 国際交流センター, 助教 (50609956)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 多読 / 日本語学習者 / 読解教育 / 多読素材 / ネットワーク |
研究実績の概要 |
本研究は日本語教育における「多読」をテーマに、主に「多読素材の拡充」「効果の検証」「実践方法の周知」「評価の方法の検討」を研究課題として進めている。多読とは、書籍を中心として文章を多量に読むことで読解能力の向上を図る教育的アプローチである。 初年度である本年度は研究代表者、分担者自らが教育現場で多読実践を行いつつ、研究体制の構築と多読環境の整備、多読ネットワーク作りを主に行った。研究課題の一つ「多読素材の拡充」については、先行研究や「小学生が選ぶ子どもの本総選挙」等を参考にし、日本語母語話者向けの絵本、小・中・高校生向けのYA文学の中から多読に適した書籍を探し出し、リスト化を行った。購入した書籍については、随時自らが実践する多読授業に導入した。多読授業実践後には、学習者がそれぞれの多読素材についてどのように感じたかを評定、数値化し、それを多読素材の特性として蓄積した。 ネットワーク作りとしては、多読に関する研究会を2回(東京、福岡)開催し、多読や読解教育に知見の深い教師と意見、情報交換を行った。いずれの回もまずは閉じたグループでの研究会とし、より密に情報交換を行って人的つながりを作ったが、今後は開かれた研究会も開催する予定である。また、日本語教育における多読の先駆者である「NPO法人多言語多読」とのつながりも構築し、随時情報交換を行う体制を整えた。 日本国内だけでなく、海外にもネットワークを広げるために、タイの日本語教育従事者と協力し、現地教師による多読実践を行った。さらに、マレーシアで行われた多読セミナーに参加し、マレーシア人共同研究者とともにマレーシア、インドネシア、タイの教員とのネットワークを構築した。マレーシアにおいては、研究協力者が多読の実践を開始し、インドネシアにおいては、次年度以降多読が実践できるようにサポートする体制を築いた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究を進める上で人的ネットワークが研究の基盤となり、重要な役割を果たす。本年度は多くの研究者、教育者と密な情報交換を行うことで、強い人的つながりを構築することができた。本研究の主要な課題の一つに「多読素材の拡充」を挙げているが、多読実践者と情報交換を行う中で、多読素材の作成に協力してくれる人材が少ないという課題が明らかになった。その課題を解決するためにも本年度に築いた人的ネットワークが肝要となる。 課題の一つ「多読の実践」についても、研究代表者、分担者を中心に積極的に行った。通常多読活動は、10分から30分程度と授業の一部を使って行うことが多いが、研究代表者、分担者ともに、授業全体を多読に充てて実践を行っている。試行錯誤しながら実践を行うことで、新たな課題や課題の解決方法が見いだされ、それを他の実践者、研究者と共有することで議論を活発化させ、それが再び実践方法を進化させるというサイクルを生んでいる。 計画から少し遅れているのが、授業内で多読を行った際の評価方法の検討である。多読を行う際の基本的な姿勢として学習者が読むことを教師が評価しないということがある。しかし、それと同時に教育機関で授業内に行う限りは学生を評価し、成績をつけなければならないという現実があり、両者に矛盾が生じる。この問題については、未だ有効な解決策を提案できていないが、引き続き研究代表者、分担者自身の実践と他の実践者との情報交換を通じて問題解決に取り組む。
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今後の研究の推進方策 |
今後はまず、多読素材の拡充のために人的ネットワークを活用し、多読素材の作成を推し進める。これまで築いたネットワークを中心に、素材作成協力者を広く募り、素材作成の促進を図る。それに先立ち、素材作りをどのように行うかの手順書や、素材の元ネタとなるような話の探索、日本語レベルによって素材を書き分けるためのルーブリック作りを行う。これら下準備を整えた上で人と時間を動員して多読素材の大量生産を目指す。多読素材作成の際には、著作権について十分に注意する必要がある。著作権についての理解を深めるために、研究代表者と研究グループが中心となって勉強会を開催する。 作成した素材をはじめ、研究や実践を通して得た知見や多読に関する情報は国内外の学会、研究会、またウェブページ等を利用して、広く発信する。これにより、日本語教育実践者に多読についての理解を促し、多読実践者を増やす。直近では、韓国の日本語教育関係の学会で日本語教育における多読についての概要、問題点を紹介する発表を行う。 主な課題の一つに「多読の効果の測定」がある。認知的な側面から多読をとらえ、どのような効果があるか検証しようとするものであるが、本研究では特にワーキングメモリに焦点をあてる。ワーキングメモリは、人の高度な認知処理にかかわる脳の記憶機能で、情報の保持と処理を同時に行う。多読においては本を多量に読むが、それによって読む際の認知処理の自動化が進み、ワーキングメモリの浪費が抑えられると推測される。ワーキングメモリ測定にはリーディングスパンテストというテストを使用するが、上記の仮説を検証するための道具として2つのリーディングスパンテストを作成した。今後はその等化を行う手続きを進める。環境が整い次第、多読における認知的処理の変化も検証していく。
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