研究課題/領域番号 |
18H01141
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
国場 敦夫 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (70211886)
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研究分担者 |
鈴木 淳史 静岡大学, 理学部, 教授 (40222062)
松尾 泰 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (50202320)
笹本 智弘 東京工業大学, 理学院, 教授 (70332640)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 可積分系 / 量子群 / ベーテ仮説 / 非平衡動力学 / 超対称ゲージ理論 / 確率過程 / 量子スピン鎖 |
研究実績の概要 |
数理物理の諸分野で可積分構造が浮上し、その着想と手法が決定的な役割を果たしている。特に非平衡統計力学における1次元確率過程模型、非調和振動子等のシュレーディンガー方程式におけるストークス現象、超対称ゲージ理論と2次元共形場理論の関係などはその顕著な例であるが、いまだ個別的である。本研究の目的は、このような進捗の相互関係を明らかにし、統合的理解を達成すること、それを基に更に新しい展望を切り拓くことにあった。2019年度は、助成期間のちょうど中央に位置し、この目的に資するための最大の企画として、大阪市立大学の学術情報センターにおいて、2019年9月9日から同20日まで「可積分系の新潮流」という国際研究集会を開催した。準備のために2年を費やしたが、内外から約60名、内ほぼ半数が海外から、という当初の期待を上回る参加者があった。大学院生をはじめ若手研究者も20名程の参加があった。全体で34の講演があり、活発な質疑応答が行われた。開催形態の特徴として、ほぼ全ての日の午後は共同研究や自由な議論の時間とし、そのための快適なオフィスや休憩室を確保した。これらは有効に活用されて、実際に多くの共同研究が芽生え、進行し、とても好評であった。 研究代表者と分担者の関係した研究実績の例としては、箱玉系を一般化ギブス統計に従うソリトン気体とみなし、一般化流体力学的により定量的な記述を与えたこと、量子多体系の量子相関に関する有限温度ダイナミクスに関し、XX模型やXXZ模型といった代表的な強相関系で定量的な結果が得られたこと、XX模型のスピン流の母関数をベッセル核のフレドホルム行列式と同定してその揺らぎを記述したこと、自由フェルミオン系にDIM代数の三木自己同型対称性を反映する基底を導入し、その役割を明らかにしたことなどがあげられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究代表者は箱玉系に関する先行研究において、ランダムな初期条件の系を扱い、誘導される作用・角変数の熱力学極限での極限形状を決定する問題を解決していた。「研究実績の概要」の欄にも記載した大阪市立大学での国際研究集会において、フランス・サクレー研究所のビンセント ・パスキエ氏はこの結果に興味を持ち、詳しく説明する機会に恵まれ、共同研究が始まった。研究集会の後、2019年11月に国場がサクレーを訪問、2020年2月にパスキエ氏が東京大学を訪問、2020年3月に国場がサクレーを再訪問という研究交流が続き、やはりサクレー研究所のグレゴアール・ミスグイチ氏との三人による論文が、実質年度末に完成した。そこでは箱玉系を、一般ギブス統計に従う一次元ソリトン気体として扱い、近年大きな発展を見せている一般化流体力学的な課題に関して定量的な結果を得た。具体的な成果としては、一般ギブス統計の平衡条件に関して一般Q-systemの理論による冪級数解を与えたこと、温度が2種類の場合に一般流体力学の基礎方程式である速度方程式の厳密解を与えたこと、それに付随するカレントに対して二通りの導出を与え、非自明な一致を検証したこと、先行研究で初期値問題の解に登場したトロピカルリーマンテータ関数の周期行列と速度方程式の一般的な関係を発見したこと、ドメイン壁のランダム初期条件からプラトーが生成されることを発見したこと、プラトーの形状を、その拡散的広がりまで含めて解析的に決定し、数値シミュレーションとの高精度での一致を検証したことなどがあげられる。これらは当初の期待を上回る成果であり、契機となった研究集会やその後の相互訪問などに、助成された科研費が極めて有効に使用されている。
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今後の研究の推進方策 |
上記の「現在までの進捗状況」に記載した箱玉系に関する共同研究をさらに発展させ、玉の種類が複数あるより一般的な模型へ拡張することを計画しており、既に部分的な結果を得ている。実際2018年の先行結果はそのような状況を包括しており、その一般流体力学的な展開と位置付けることができる。具合的にはフランス・サクレー研究所のグレゴアール・ミスグイチ氏がドメイン壁の初期条件からの動力学を数値シミュレーションを実行し、ビンセント ・パスキエ氏と国場は主にその理論的解析を担当する。速度方程式に関しては既に予想と解が得られているので、数値シミュレーションにより得られるプラトー境界の位置と比較することにより、適正な一般化流体力学の定式化を練り上げていく。特にそこで要となるのは、玉の種類が複数ある系においてはソリトンの散乱は対角的ではないことである。このような状況は実は可積分系一般に遍く存在しているが、既存の一般流体力学はその記述に不十分であり、これを適正に拡張し補完することは極めて重要な課題である。本研究は箱玉系を具体的な対象としているが、そこで得られる知見には、可積分系と非平衡統計系の接点一般に通用する十分広い普遍性と、波及効果が期待される。 研究遂行上、多少懸念される問題点としては、感染症対策の一環として、国内でも国際でも実際に人が多く集まる研究集会を企画することと研究者の間の共同研究のための相互訪問が、少なくとも年度の前半は困難な状況にあることがあげられる。しかしこれまでも共同研究のおよそ8割は電子メールによるものであったので、その影響は限定的である。必要に応じて電子機器の効果的な活用により、対面的交信を取り入れることで補っていく予定でいる。
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