研究課題/領域番号 |
18H01144
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
伊藤 弘毅 東北大学, 理学研究科, 助教 (70565978)
|
研究分担者 |
山本 薫 岡山理科大学, 理学部, 准教授 (90321603)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 強相関電子系 / 電荷秩序 / 強誘電ドメイン / テラヘルツ波発生 / 光誘起相転移 / 超高速現象 / アニオン秩序 / 高強度テラヘルツ |
研究実績の概要 |
1. 対物レンズなどの光学素子の導入により顕微テラヘルツ波発生測定系の開発を行い、高精度で安定な測定を可能にした。また、高い空間分解能(回折限界、~1 μm)を実現するために、測定系の顕微クライオスタットへの適用を進めた。 2. 擬一次元有機伝導体(TMTTF)2X(X = AsF6、ReO4など)について顕微テラヘルツ波発生測定を行い、電子型強誘電ドメインの空間構造とその形成ダイナミクスを探索した。その結果、以下のことが明らかとなった。a) ドメインは100 μm程度の特徴的な大きさを持つ。b) 正負の分極ドメインの境界の方向は大多数が結晶a軸に沿っている。この形状が生じた理由は、強誘電分極(電荷秩序)による静電的不安定性が最小となるようにドメインが成長したためと考えられる。c) 光照射により、照射スポットの数倍以上にわたってドメイン構造が変化する。その機構は現時点で定かではないが、ドミノ倒しにも例えられる光誘起相転移の協力性を反映した可能性がある。d) アニオン秩序転移温度の付近で、ドメイン構造は著しい温度履歴を示す。これは電荷秩序とアニオン秩序の間に働く強い電子格子相互作用を反映すると考えられる。 3. 光励起-テラヘルツ波発生プローブ測定を行い、電子型強誘電性における超高速ダイナミクスを探索した。その結果、α-(ET)2I3など他の電子型強誘電体と同様に、光励起によって電荷秩序は瞬時(サブピコ秒)に融解することが解った。また、テラヘルツ波の過渡応答はドメイン構造に強く依存することが解った。 4. 非線形光学結晶などを導入し、傾斜パルス法による高強度テラヘルツ波光源の開発を行った。数百kV/cm程度の強電場の発生に成功し、顕微測定系への適用を進めた。 5. 電子型強誘電体α-(ET)2I3の合成を行った。成長条件の最適化が進み、高品質結晶を得る見込みを得た。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1. 一般に非常に弱い非線形光学過程を、顕微配置で、かつ、高感度な検出器が無いといってよいテラヘルツ帯で検出するのは簡単ではなく、測定例もほとんど無い。そのような中本研究では、電子型強誘電体を用いた高効率テラヘルツ波発生法(Appl. Phys. Lett. 104, 173302)を顕微測定に応用することで、ドメイン可視化を成し遂げることができた。電子型強誘電体には、漏れ電流があるため電気的測定が難しいという問題があったが、非接触な手法が開発されたことで研究が大きな進展すると期待できる。 2. 本研究で開発した顕微テラヘルツ波測定系を駆使することで、最も典型的な電子型強誘電体(TMTTF)2Xにおけるドメインの大きさ及び形状が初めて明らかとなった。さらに、ドメインは光照射やアニオン秩序によって変化することも明らかとなった。ドメイン形状の支配要因や変化の機構は現時点で定かではないが、今後照射強度や温度依存性を詳細に評価することで明らかになると期待される。 3. 時間分解測定により明らかとなった劇的(電荷秩序の融解)かつ超高速(サブピコ秒)な光励起ダイナミクスは、まさに強相関電子系に特徴的な応答といえ、電子型強誘電体の特性が見出されたといえる。さらに上述の顕微測定と組み合わせることで、時空間ダイナミクスの探索へと展開できる。 4. これまでは光による物性制御として、秩序を壊す変化が多く報告されてきた。しかし高強度テラヘルツ電場を試料に印加することで、強誘電分極の強制的な整列あるいはドメイン駆動が行える、すなわち光による秩序構築が可能になると期待できる。 5. 電子型強誘電体α-(ET)2I3の特性は結晶品質に極めて敏感である。高品質化が進んだことで、強相関電子の集団的性質がより露になると期待できる。
|
今後の研究の推進方策 |
A. 顕微テラヘルツ波発生測定系の最適化・高性能化を進める。顕微測定用クライオスタットおよび反射型対物レンズの導入により、回折限界(~1 μm)の分解能を持つ反射配置測定系を整備し、光第二高調波発生による相補的な測定に対応させる。また偏光依存性測定に対応させ、試料の異方性とドメインの関連を明らかにする。 B. 前年度、ドメイン形成過程において、アニオン秩序には残留応力などの外因的要素(所謂「試料の癖」)を取り除く作用があることが解った。そこで、電子型強誘電体(TMTTF)2X(X = ReO4, BF4)におけるアニオン秩序転移温度の近傍において、ドメイン空間構造の変化を調べ、電子相関によって進行するドメイン核成長の詳細を明らかにする。アニオンX(化学圧力)を系統的に変えた試料で測定を行い、次元性との関連を探る。 C. 光照射実験を継続して進める。また、顕微測定と組み合わせることでドメインの時空間ダイナミクスを探索する。 D. 高強度テラヘルツ光源の開発を進め、さらなる高強度化を図る。顕微測定系に組込み、ドメインのテラヘルツ強電場下ダイナミクスを明らかにする。近赤外光(電荷秩序の融解)と高強度テラヘルツ光(分極整列)を同時に用いるハイブリッド印加に挑戦し、超高速分極スイッチングの可能性を探る。 E. 電子型強誘電体α-(ET)2I3の成長条件の最適化に引き続き取り組む。高品質かつ大面積な結晶を用いて、ミリメートルスケールのドメイン構造を探索する。
|