研究課題
これまで開発してきた時間分解光電子分光(TARPES)装置を用いた精密測定を通して、(1)固体物質やその表層域に生じる極端な非平衡現象を電子論的に解明することが、本課題の目的である。また、(2)非平衡状態を利用した新たな電子分光法の開拓も視野に入れる。本年は、仕事関数を1 meVの精度で測定する方法をTARPESに応用した。光電子分光法を用いて仕事関数を測定するためには、固体から放出する最も遅い光電子のエネルギーを測定する必要がある。最も遅い光電子は固体表面垂直方向にしか放出しないので、ARPESを使って表面垂直放出にのみ放出する光電子を選択的に捉えれば、光電子スペクトルにおける低速端を鋭く観測することができる。この原理をTARPESに用いることで、フェムト秒域パルスが照射された際の仕事関数の応答をしらべた。1.5 eV赤外ポンプ・5.9 eVプローブのTARPESを用いてグラファイトについて調べたところ、分解能の範囲で仕事関数は変わらないことがわかった。赤外ポンプ光の強度をさらに上げて多光子過程だけで光電子が生じる状況をTARPESで測定しても、多光子光電子分布の低速端のエネルギーはかわらなかった。これは、赤外ポンプパルスだけでも固体表層の仕事関数をサブmeVの精度で観測できることを示す。また2019年4月に韓国ソウル大に新たにISSP-CCES Joint Research Labが開設された。このLabの第一の目的はレーザーと光電子計測法をもちいた新しい測定法の開発である。このLabに2020年3月にチタンサファイアレーザーを光源とするTARPES装置を発送した。これに先立ち、高強度レーザー光源を安定的に動作させるための実験室環境の整備を行った。恒温(+/-0.1度未満)・防塵(クラス10000以下)・振動対策(大型除震台の導入)を行った。
2: おおむね順調に進展している
本年は、TARPES法において原理的に存在する2色の光パルスを用いることで、仕事関数の測定法および光励起状態における仕事関数の振る舞いをサブmeVの精度で調べる方法を確立した。これは(1)TARPES装置を用いた固体表層および(2)その非平衡状態の精密測定の解明および非平衡状態を利用した新たな電子分光法の開拓という当初の研究目的に沿うものである。また、TARPES装置のISSP-CCES Joint Research Labへの発送および実験室環境の整備も予定通り進めることができた。以上より、本研究課題は「おおむね順調に進展している」と判断した。
2020年度は、ISSP-CCES Joint Research Labにおいて、移設された6 eV時間分解ARPES装置の立ち上げおよびこれを用いた測定を行う。こまた本課題を基課題とする国際共同研究(A)におけるスリットレス時間分解光電子分光装置の開発を、ISSP-CCES Joing Labにおいて遂行する。TARPESの2色性を利用した仕事関数の高精度測定および表面光化学反応の追究を行うために、深紫外光によって光化学反応が進行することが知られる透明酸化物半導体の研究を計画する。
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すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件、 招待講演 4件)
Physical Review B
巻: 100 ページ: 165311 (1-6)
10.1103/PhysRevB.100.165311
Nature Communications
巻: 10 ページ: 1946 (1-6)
10.1038/s41467-019-09869-5