研究課題
前年度に、従来を1-2桁上回る<1meVの精度で仕事関数を測定できることを発表した(YI et al., Commun. Phys. 2020)。本年度はこの手法を時間分解光電子分光法(TARPES)に応用し、仕事関数を介してフェムト秒域パルスで瞬間的に励起された結晶表面の様子を調べた。仕事関数を高精度で測定するためには、試料から放出される低速な光電子をきちんと分析できるようにTARPES装置の仕様を調整する必要がある。このために試料に電位を加える電極を通し、さらに真空チャンバー内に不要な構造物を極力排して光電子が飛行する試料と電子分析器の間の真空準位のムラを少なくした。グラファイトについて、まず0.13 mJ/cm2のポンプ強度で測定を行った。フェルミ準位近傍では光パルスで衝撃的に励起された電子のダイナミクスが明瞭に観測された。一方、光電子分布の低速側にあらわれる仕事関数のカットオフは標準偏差70マイクロeVの精度で動かなかった。ポンプ強度を上げていくとやがて多光子過程を経て大量の光電子が出てくる。多光子光電子はプローブ光で出る光電子の分布を乱すため、精密なTARPES測定を行う際にはこの放出を抑える必要があるが、仕事関数を測定する目的ではこの限りではない:仕事関数のカットオフをみるための光電子分布は、プローブ光で放出される光電子のものである必要はないためである。すなわち、仕事関数を見る目的に絞れば、通常TARPESでは調べることができない強励起域を調べることができる。多光子光電子が放出される0.76mJ/cm2までポンプ光の強度を上げて、多光子光電子分布の低速側にあらわれる仕事関数のカットオフを観測し、このエネルギー位置およびカットオフの幅を5.9eV光で出る光電子分布のものと比較した。カットオフのエネルギーは弱励起のものと100マイクロeVの精度の範囲で変化しなかった。
1: 当初の計画以上に進展している
精密な仕事関数測定を時間分解光電子分光に組み合わせることが可能となり、固体表層の光ダイナミクスを見る新しいツールを見出した。この他、韓国科学院と共同で、時間分解光電子分光法と高いエネルギー分解能を有するTHz時間分解測定を組み合わせることで、トポロジカル絶縁体の種々の表面状態の連動が見えるようになった。
精密な仕事関数測定を時間分解光電子分光に組み合わせることが可能となり、固体表層の光ダイナミクスを見る新しいツールを見出した。仕事関数は固体表層にあらわれる表面分極によって形成されるポテンシャル障壁である。近年、表面の分極が固体内部の分極に連動することがトポロジカル物質の研究より指摘されている。新手法をもちいることで、分極の連動に関する新たな知見を得ることを目指す。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件)
Journal of Electron Spectroscopy and Related Phenomena
巻: 249 ページ: 147045
10.1016/j.elspec.2021.147045
Progress in Surface Science
巻: 96 ページ: 100628
10.1016/j.progsurf.2021.100628