研究課題/領域番号 |
18H01160
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
高橋 隆 東北大学, 材料科学高等研究所, 学術研究員 (00142919)
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研究分担者 |
菅原 克明 東北大学, 理学研究科, 准教授 (70547306)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 原子層薄膜 / 高温超伝導体 / 遷移金属ダイカルコゲナイド / グラフェン / トポロジカル絶縁体 |
研究実績の概要 |
子構造評価を基軸とした物質開発効率の飛躍的な向上を目的として、超高分解能スピン分解光電子分光装置と原子層薄膜作製MBE装置および試料評価槽を、同一の超高真空下で連動して稼働させるプラットフォームの構築を行った。高い空間分解能で、電子状態の空間分布をマッピングするために、真空紫外領域のレーザー光の集光光学系を作成した。空間分解能向上のために、電子分析アナライザーの電子光学系の調整を行うとともに、レーザーの集光位置を高精度でアライメントするための測定点計測器を導入した。さらに、装置各部の数ミクロン以下の振動をレーザーで評価し、測定真空槽内の試料への振動の低減対策を行なうとともに、マニピュレーターにレーザー干渉型エンコーダーを導入し、試料の3次元座標の高安定化を達成した。 以上の装置開発と並行して、原子層物質の作製と高分解能ARPES実験を行った。3次元トトポロジカル絶縁体TlBiSe2の上にPb超薄膜を成長させた結果、Pb超薄膜がTlBiSe2の表面ディラック電子状態とバンド混成することで、元のPbとは異なるフェルミ面が形成されることを見出した。特に、スピン軌道相互作用によりスピン分裂したバンドにおいて超伝導ギャップを観測したことから、Pb/TlBiSe2がトポロジカル超伝導体の新たなプラットフォームとなり得る事を提案した。原子層薄膜超伝導体FeSeの超伝導機構を解明するため、非超伝導体であるFeSを同一基板上に作成しARPES実験を行なった結果、原子相薄膜超伝導には基板の原子振動と電荷移動だけでは高温超伝導を説明できないと結論した。この他にも、FeTe/Bi2Te3ヘテロ接合の電子構造の解明、単原子層VTe2のCDWの抑制、1T-HfTe2におけるK インターかレーション層の形成、単原子層超伝導体NbSe2の磁場下における量子金属層の観測などを行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
電子構造評価と薄膜合成を行うための原子層超伝導薄膜作製プラットフォームの構築は順調に進んでいる。薄膜試料上において電子バンド構造の空間依存性を観測するための、レーザー光源とARPES装置とのドッキング、および試料マニピュレーターの開発は完了し、いくつかのテスト実験を行なった結果、ARPES空間マッピング測定のプロトコルはほぼ確立した状態にある。さらに、放射光施設においてもこのプロトコルを拡張し、放射光ARPESによる原子層物質の電子構造研究にも本格的に着手できる段階にある。 原子層物質の超伝導機構や超伝導物質開発についても多くの知見が得られた。原子層高温超伝導体であるFeSeの重要な参照物質であるFeSの原子層薄膜は、通常のMBE法で安定させて成長させることが困難であったが、一度FeSe薄膜を作成したあとのSを蒸着して科学的にトポタクティック反応を起こすことで、SeをSに置換してFeS超薄膜を作成することに世界で初めて成功した。本研究で構築した測定プラットフォームにより、超高真空下で電子構造を評価した結果、FeSにもFeSeと同程度の基板からの電子ドープが起きていることを明らかにした。もし原子層超伝導がこのキャリヤ数の増加と酸化物基板の高振動フォノンとの結合に起因するものだとすれば、FeSにも超伝導が起こるはずではあるが、単原子層FeSにおいて超伝導が観測されないことから、Fe系超伝導体の高温超伝導には薄膜内の電子間相互作用が寧ろ重要であるとの知見を得た。 以上のように、高分解能ARPESを基軸とした原子層物質の開発と超伝導に関わる電子構造の解明について多くの有用な結果が得られていることから、研究は当初の計画通りに順調に進行していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度において、レーザー光を用いた微小スポット光源の立ち上げが終わり、単一試料におけるARPESによるバンド構造の空間マッピングを行う測定システムが稼働し始めたので、次年度は測定プログラムの作成も含む装置の改良と最終調整を行う。現状でレーザー光のスポットサイズがまだ十分でないため、その評価方法を再検討するとともに、レーザー光の集光光学系の更に改良する。STMや放射光を用いた実験を同一試料で行うために、試料ホルダの標準化とそれに伴うARPESおよびMBE装置の試料まわりを再製作する。電子分析器のディレクター部のレンズパラメーターの更なる調整を行い、低エネルギーにおけるARPESバンドイメージの校正を進めて、より高精度なARPESスペクトル測定を行う。電子状態の高速自動マッピングの制御および解析システムの実装を進め、優れた超伝導特性を示す試料作製条件を抽出することで、原子層高温超伝導体開発の高効率化を目指す。 装置の開発と並行して、原子層超伝導体や関連物質の作製と光電子分光実験を行う。多層FeSe超薄膜やFeTe超薄膜とトポロジカル絶縁体薄膜のヘテロ接合を作成し、界面におけるトポロジカル超伝導発現の可能性を検討する。空間反転対称性の破れたエキゾチックな超伝導を実現するため、積層数を制御した遷移金属ダイカルコゲナイド薄膜を作製し、その電子構造をスピン分解ARPESにより決定すると同時に、輸送特性を評価する。低温下での輸送特性の実験とエネルギーギャップ測定から超伝導の有無を検証し、スピン軌道相互作用と超伝導との関係を明らかにする。金属系超伝導体や高温超伝導体と、Bi薄膜などのラシュバ金属とのヘテロ接合を作製して、近接効果によりラシュバ金属に超伝導を誘起し、極低温で超伝導ギャップ微細構造の直接観測を行い、エキゾチック超伝導の確立と検証を目指す。
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