研究課題
強い電子相関と強いスピン軌道相互作用の両者を兼ね備えた電子系は未開拓であり、新奇なトポロジカル量子相が理論予想されることからも、次なるフロンティアとして注目されている。昨今次々と報告される弱相関なトポロジカル量子相に関する実験結果は、理論予想を忠実に再現するものがほとんどで、理論先攻型の研究テーマと言える。対照的に、強相関を舞台とするトポロジカル状態は、第一原理計算でも再現しきれない新奇量子相が発現する可能性を秘めている。ブロッホ波数空間で定義されるベリー曲率は、対称性の破れた固体結晶の物性を支配する重要な物理量である。特に、時間反転対称性の破れたワイル磁性体は、ベリー曲率に起因して外部磁場を印加しなくても電流と垂直に起電力が生じる異常ホール効果を示し、その強さを通常のホール効果で換算すると数百テスラの外部磁場に相当することから、その強い応答性は応用物理学の観点からも注目されている。 一方基礎物理学的には、波数空間においてバンドの偶然縮退点(ワイル点)がベリー曲率に対するモノポールとして振る舞うことから、ワイル点近傍の円錐状分散を角度分解光電子分光(ARPES)により直接観測することが試みられてきた。 我々は、大きな異常ホール効果を示すカゴメ格子強磁性体Fe3Sn2に着目し、 VUV-ARPES と SX-ARPES によりその電子状態を観測した。またDFT計算との比較から、Fe3Sn2の異常ホール効果はワイル磁性体由来であることを明らかにした。Fe3Sn2の基本単位格子は3次元的な菱面体であることから、2次元的な表面状態と3次元的なバルク状態では面内(kx-ky)周期の大きさが異なることを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
トポロジカル絶縁体を代表とするトポロジカル物質の非自明なバンドトポロジーは、強いスピン軌道結合によって生じるバンド反転で決まる。これに伴い、結晶表面に特異な電子状態が現れることから、表面敏感な角度分解光電子分光(ARPES)で観測される電子状態をバンド計算と比較しバンドトポロジーの同定が行われてきた。しかしながら、狭ギャップ半導体や半金属などでのバンド計算では、予測される表面状態やトポロジーが計算パラメー ターに敏感に変化してしまう。本研究で我々は、バルク敏感ARPES を利用することで、 バンドトポロジーに対する直接的な実験を Ceモノプニク タイドで実現させた。本年は特に、最も複雑な磁性を示す物質の1つとして知られているセリウムアンチモンの詳細を解明した。通常の磁性体とは異なり、結晶中のスピン配列が通常の20倍にもなる異常に長い周期性を示し、配列の仕方が僅かな温度差で次々と移り変わる。この現象は「悪魔の階段」として呼ばれ1977年の発見から40年以上たった現在でも、そのメカニズムは謎のままである。我々は、「悪魔の階段」で変化するスピン配列と伝導電子を超高精度で測定することで、「悪魔の階段」を誘発するメカニズムを調べた。その結果、伝導電子が長周期で配列したスピンと強く相互作用していることが分かり、さらに伝導電子が擬ギャップ状態を形成することが「悪魔の階段」を引き起こす要因となっていることを示した。本研究により、バルク敏感ARPES測定の新しい実用性が示された。バルク敏感ARPESによるバンド反転観測から、表面に影響されない物質のバンドトポロジーを直接知ることができるため、今後の多彩なトポロジカル物質の発見や開発に向けて強力な実験手法として期待される。
ホール伝導度の測定や密度汎関数理論(DFT)に基づく理論計算によって、ワイル磁性体であると示唆されている物質はいくつもある。しかし、結晶の3次元性が強く広い劈開面を得られないこと、磁気ドメインによりバンド分散がぼやけてしまうことなどが原因で、ARPES によって実験的にワイル点を直接観測できた例は数少ない。ARPES で得られる電子構造からワイル磁性体の物性を議論するような研究はあまり進んでいないといえる。ARPESでは光電効果により固体結晶から放出された光電子の波数ベクトルとエネルギーを測定し、結晶中での波数ベクトルとエネルギーの関係(バンド分散)を明らかにできる。エネルギーが数十 eV 程度の真空紫外光(VUV)と軟X線(SX)では後者の方が光電子の平均自由行程が長く、SX を用いるとバルク敏感な測定が可能である。我々は、表面敏感なVUV-ARPES とバルク敏感なSX-ARPES の両方を行いその結果を比較することで、ワイル磁性体候補物質における表面とバルクの電子状態を区別して観測する実験を行う。またレーザーARPES装置を改良し、スポットサイズを極限まで小さくすることで空間分解能を向上させる。さらに、偏光顕微鏡を用いた磁気ドメインのその場観察と組み合わせ、特定の磁区だけを選択的にARPES測定できるようにする。残留磁化の大きい磁性体について、 測定層内で試料磁化を可動式磁気コイルにより制御し、磁化制御下での電子構造観測を実現させる。
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