研究課題
昨年度までに、物質を制御するための位相が固定された中赤外パルス(波長10ミクロン、電場振幅 10 MV/cm)の発生に成功した。30年度は、これを励起光とし、可視極短パルスをプローブ光とした中赤外ポンプ-可視サブサイクルプローブ分光測定系を構築した。更に、クライオスタット中で低温での測定ができるよう測定系の最適化を行なった。特に、中赤外パルスを二つに分け、位相をリアルタイムに計測できるよう検出系を工夫した。以上の結果、極めて安定な中赤外ポンプ―可視サブサイクルプローブ測定系の構築に成功した。本測定系を用いて、有機分子性結晶TTF-CAにおいて、中赤外パルス励起による反射率変化を時間幅9fsの可視パルスを用いて測定した。本測定系における中赤外パルスは、電子―分子内振動相互作用によって活性化されたCAの分子内振動に共鳴している。この中赤外光を照射すると、TTF分子の分子内遷移の反射率が大きく振動することが分かった。その振動周波数は、中赤外光によって励起したCA分子の分子内振動の周波数と一致した。このことは、CA分子の分子内振動が励起されることによって、隣接するTTF分子の価数が変調されることを意味している。これは、電子―分子内振動相互作用によって生じる分子間の電子移動を実時間で検出したことになる。分子性固体における電子―分子内振動相互作用自体は古くから知られている現象であり、光誘起相転移の過程においてもそれに起因するとされる高周波の振動が幾つかの実験で観測されていた。しかし、中赤外光励起によって特定のモードを共鳴励起しているという意味で、本研究では最も直接的に電子―分子内振動相互作用による電子移動を観測したと言える。さらに、分子内遷移の反射率変化には、振動以外に長寿命の変化が生じていることがわかった。これは、イオン性相から中性相への相転移を示す重要な結果である。
1: 当初の計画以上に進展している
30年度の主たる成果は以下の通りである。(1)位相安定な中赤外パルスを励起光とし、可視極短パルスをプローブ光とした中赤外ポンプ-可視サブサイクルプローブ分光測定系を構築し、低温測定が可能なシステムとして完成させた。(2)上記測定系を用い、有機分子性結晶TTF-CAにおいて中赤外パルス励起による反射率変化を時間幅9fsの可視極短パルスを用いて測定した。CA分子の分子内振動を共鳴励起することによって、電子―分子内振動相互作用に起因する分子間電子移動をはじめて実時間観測することに成功した。(3)分子内振動を共鳴励起することによって、巨視的な電子相転移であるイオン性―中性転移を引き起こすことに成功した。(2)において分子間電子移動を実時間観測することに成功した点、(3)において分子振動励起による電子相転移を見出した点は、当初の計画を上回る成果であるとともに、極めて重要な成果であると考えている。
今後は、30年度に見出した分子内振動励起によるイオン性―中性転移の機構を明らかにするために、中赤外パルスの周波数を変化させ、転移の挙動を調べる。まず、通常の時間幅が約100 fsのポンプ-プローブ分光測定系を用いて、相転移のダイナミクスの励起周波数依存性を調べる。この場合の中赤外のパルスは位相安定ではないためサブサイクル分光はできないが、励起パルスの周波数とプローブパルスの光子エネルギーを簡便に変化させることができるため、相転移の機構を解明するには有利である。反転対称性が破れているイオン性相では、分子間電荷移動と結合した分子内振動モードが赤外活性化するが、そのモードを共鳴励起した場合、および、非共鳴励起の場合の両者について、イオン性―中性転移のダイナミクスを測定し、相転移の効率を評価する。また、応答の時間特性の電場依存性から、それぞれの相転移の機構を明らかにする。中性相では、中赤外に共鳴するモードが存在しないため、励起は常に非共鳴となる。非共鳴励起の場合は、イオン性―中性転移、中性―イオン性転移のいずれの場合も量子トンネル過程がきっかけとして相転移が生じる可能性がある。量子トンネル過程に起因するイオン性―中性転移、および、中性―イオン性転移の挙動を比較し、両者の機構の違いを考察する。この研究と並行して、中赤外領域の広い範囲で位相安定なパルスを発生させ、それを励起光に用いてサブサイクル分光が可能な光学系の構築を行う。中赤外パルスは、チタンサファイアレーザーによって2台のオプティカルパラメトリックアンプを励起し、非線形光学効果を用いてその出力の差周波をとることによって発生させる。位相の安定性が十分出ない場合は、2台のアンプの出力の光路にフィードバック機構を導入する。
すべて 2019 2018
すべて 雑誌論文 (10件) (うち査読あり 9件、 オープンアクセス 9件) 学会発表 (22件) (うち国際学会 2件、 招待講演 5件)
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