研究課題/領域番号 |
18H01168
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
賀川 史敬 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 准教授 (30598983)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 準安定 / 超伝導 / 急冷 / 強相関電子系 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は準安定超伝導の実現・制御を可能にする新しい手法を提示・実証することである。具体的には、圧力・元素置換・電界効果といった従来の手法を一切用いず、代わりに急冷という平衡熱力学の枠組みを逸脱した手法を用いることで、熱力学的には本来非超伝導体である物質に超伝導を実現させることを目指す。 2018年度は遷移金属ダイカルコゲナイドIrTe2を対象にし、研究を行った。この物質は、熱平衡時には~250 Kで構造相転移(単斜晶→三斜晶)を起こし、その際Ir原子の電荷の不均化(電荷秩序)を伴うが、元素置換を行うことによって、この構造相転移を最低温まで熱力学的に不安定化(抑制)させ、単斜晶の構造が最低温まで安定になると超伝導が発現することが知られている。本研究の狙いは、元素置換を行うことなく、超急冷によってこの構造相転移を運動論的に避け、単斜晶を最低温まで準安定状態として過冷却することで、超伝導の発現を狙ったものである。超急冷法としては、電気パルス印加に伴う発熱、その後の熱浴への急激な熱拡散を利用し、10um*10um*200nm程度の薄片試料に対して、10の6乗K/s程度の冷却速度を達成することに成功した。この手法を用いたところ、電気パルスを印加しない場合は、最低温で有限の抵抗値を示したのに対し、電気パルス法で4Kにある試料を瞬時に室温まで加熱し再び4Kまで冷却する超急冷を達成した後、4Kから最低温まで徐冷したところ、超伝導転移及びゼロ抵抗が観測された。また、このようにして実現した準安定超伝導は、再び加熱することによって、安定相である三斜晶(最低温で非超伝導)に戻ることが確認された。これを利用することで、異なる強度、パルス幅の電気パルスを交互に印加することで、ゼロ抵抗状態および有限抵抗状態を、可逆的かつ不揮発に変換することに成功した。以上の成果は論文にまとめられ、国際誌に発表された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
上述のように、遷移金属ダイカルコゲナイドIrTe2において、電気パルスを用いた超急冷法によって、熱力学的には本来非超伝導体である物質において、圧力・元素置換・電界効果といった従来の手法を一切用いず超伝導を発現させることに成功した。また、異なる電気パルスを用いることによって、超伝導/非超伝導を可逆かつ不揮発にスイッチさせることに成功した。本研究課題はこのような例を2つ以上見出し、その普遍性を実証することを目標としている。初年度に見出したIrTe2はその一例目と言える。早期に一例目を発見することができたため、超伝導/非超伝導の相分離状態の実空間観測という、当初計画していなかった研究に従事する時間が生まれた。ここから得られた知見は2例目の物質探索において、重要な指導指針になると考えている。以上の理由から、本研究計画は当初の計画以上に進展しているものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今回の測定は、電気パルス印加前後での電気抵抗を比較したものであり、その背後には単斜晶/三斜晶の構造相転移制御があるものと予想されるが、電気抵抗測定のみからでは詳細は明らかではない。今後は電気抵抗以外の物理量も計測し、単斜晶/三斜晶の構造相転移の動的回避と超伝導の発現がどのように関連しているのかを解明していく必要がある。具体的には走査型共焦点ラマン顕微鏡装置の導入を考えている。これにより、低温環境下で空間分解能300-400nmで各点におけるラマンスペクトルを得ることができる。先行研究によれば、高温の単斜晶と、低温の三斜晶とではラマンスペクトルが明確に異なる。超伝導が発現している状態に対して、ラマン測定を行うことによって、構造相転移との関連を明らかにできると思われる。また、超伝導が空間的に不均一に発現していた場合、その空間分布に関する知見も得られると期待される。理想的には走査型ラマン顕微鏡下でin-situで電気パルスによる超急冷法を適用することが望ましいが、我々の先行研究から、超急冷法の適用することと、より微小な試料を用いて測定することは、定性的に同様の効果が生まれることが分かっている。これを利用し、まずは体積の大きい試料と小さい試料の徐冷下の状態についてラマン測定を行うことを以って、徐冷後・急冷後で電子状態がどのように変わるかという問いに対しての答えを得たい。装置の整備・立ち上げを2019年7月前後までに終了するスケジュールで進めていく。
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