研究課題/領域番号 |
18H01185
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
石原 秀至 東京大学, 大学院総合文化研究科, 准教授 (10401217)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 組織力学 / 固体発生 / 連続体力学 |
研究実績の概要 |
我々が構築している生体組織のための多階層連続体モデルでは、組織変形を、細胞プロセス、すなわち細胞配置換えと細胞形態変化、細胞分裂や細胞死に分割して取り扱う。細胞分裂や細胞死を取り扱う際には体積の増減(成長)を伴うことから、組織全体の形態変化を取り扱う必要があり、この点の理論的な取り扱いに困難を抱えていた。そこで自由境界条件を取り扱うフェーズフィールド(PF)法を取り入れることで理論の構築を行った。単細胞の形態変化をPF法で取り扱った先行研究を参考にしたが、先行研究では研究グループごとの定式化の齟齬があり、熱力学的な観点からみた整合性や、境界条件の適切性も必ずしも明らかではなかった。我々はこれらの点を解決する形でPF法を定式化し、現在実装を終えつつある。 さらに、実験動画から細胞のトラッキングを行い、上に述べた細胞プロセスをテンソルとして定量する画像処理アルゴリズムの実装を進めた。細胞輪郭の時間的変化から見積もった組織変形テンソルと、PIVで見積もった組織の変形の度合いについて確認はされていなかったが、この二つが期待どおり良い精度で一致したことを確かめた。一方、先行研究と部分的に合わない部分があり、現在この原因を探っている。細胞のトラッキングを完成させたことは大きな進展であり、この後の研究に大きく役立つと考えている。実際、得たデータを用いて、時間情報を取り入れた力推定、数理モデルのパラメタ推定や妥当性検証を行う予定である。 また、モデルを仮定した細胞内力推定を行った。以前に開発した力推定法と比べると仮定が大きくなるが、数理モデルに接続しやすいと言う特長を持つ。ショウジョウバエの翅、背板、長胚の実データに対し、候補となるモデルをいくつか評価し、AICによるモデル選択を行った結果、組織ごとの特徴を捉えたモデルが選択された。今後、選択されたモデルを数値計算することで、妥当性を確かめる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
上に述べたように、PF法を導入する段階で、先行研究のやり方では実装法に混乱があり、そのままでは使えないことが判明した。報告されているPF法を比較検討し、理論的観点から妥当な定式化を改めて構築し直した。このモデル構築のために時間がかかったが、大きな問題については現在クリアしており、また、理論的にもPF法の一般的改良となっている。定式化した理論モデルについて、有限要素法による実装を進め、いくつかの離散化アルゴリズムを比較の上、精度の良いものを選んだ。その上で、現在いくつか簡単な設定でテストランを行っている段階である。例えば、外からの異方的な引っ張りがある場合に、細胞再配置の起こり易さによって、組織変形の速さがどれほど変わるのかや、細胞分裂によって組織変形がどのように駆動されるのかなどを調べている。後者については、細胞増殖組織全体で起こるときにはスムーズな成長が起こるが、細胞増殖が組織の周辺のみで起こると、組織の成長境界の不安定性が起こり、歪な形の組織へと発展することを見出した。これは組織を構成する細胞集団の流動度、細胞分裂の速度などに依存する座屈現象だと考えられ、簡単な安定性解析を計画中である。また、境界の硬さなどのモデル実装を行なっている。 合わせて、画像解析による細胞変形テンソルの定量化の実装を進めている。変形テンソル量の計測については、確認を含め実装がまだ完成していない部分は残っているが、あと少しで完成する予定である。その後のモデルとの比較を速やかに進めるために、モデルを構成する方程式を、純粋にキネマティック(幾何学的)なもの、構成方程式(力学モデル)とわけ、例えばより仮定やパラメタの少ない前者の関係式から比較をはじめるなどの手順は構築している。また、モデルからのズレとの比較を行うための、ショウジョウバエ翅に発現するミオシン画像を取得し、画像解析を行っている。
|
今後の研究の推進方策 |
まず、組織全体の境界条件を取り扱えるPF法を用いた多階層連続体モデルの実装を完了させる。これを用いて、組織全体の形状と組織境界の力学、細胞レベルの形態形成プロセスの関係の解析に取り組む。現在テストランとして、簡単な過程の組み合わせで見られる組織変形のシミュレーションをいくつか行なっているが、成長の不安定性(界面不安定性)などが見られており、適宜、理論的な安定性解析を行ない、現象の理解を進めていく。これが完了すれば、細胞の形態変化と組織レベルの形態が関わる様々な現象を取り扱うことができる。ショウジョウバエ翅原基では、 野生型では細胞分裂方向に偏りがあるが、方向バイアスがない変異型では細胞配置換えによる補償効果が起こり、組織全体の形態はほぼ正常に形成されることが報告されている(Zhou et al. Curr. Biol., 2019)。開発した数値計算手法を用いて、補償効果の組織の力学的境界条件への依存性を調べる。 また、画像解析によって定量化したテンソルデータを用いて、多階層連続体モデルの妥当性の実験検証、また、時間情報を取り入れた力推定、数理モデルのパラメタ推定や妥当性検証を行う。モデルを構成するそれぞれの方程式について、キネマティックな式、構成方程式にクラス分けし、仮定の少ない前者の方程式から比較を行う。さらに、データ同化手法を用いて統計学的な基盤のもとに数理モデルと実験データの比較を進めるとともに、データに当てはまらない部分から、細胞の能動的な過程を考察する。データとして、ショウジョウバエ翅のミオシン発現を取得しているので、データ解析とモデルのズレをミオシン発現で説明できるかを見ていく。
|