タンパク質などの生体高分子で高濃度に存在する細胞内では、分子拡散が通常のブラウン運動とは異なる遅い異常拡散となることが知られている。本研究では、脂質膜で覆われた細胞サイズの液滴を用いて細胞内環境を再現し、異常拡散性と拡散係数が(1)高分子の形状・サイズ、(2)膜界面物性、(3)空間サイズにどのように依存するのかを調べることで、細胞でみられる遅い異常拡散の物理メカニズムを導くことを目的としている。 昨年度までの結果から、異常拡散性は高分子混雑環境を生み出す高分子の形状・サイズに依存するが、空間サイズや界面物性には依存しないこと、拡散係数は細胞サイズに依存して変化し、液滴半径が20マイクロメートル以下にて低下することを見出した。2021年度は、(i)細胞サイズの空間閉じ込めが遅い拡散をもたらす要因の解明と、(ii)生細胞のような非平衡環境が遅い拡散へ及ぼす影響の解明を目標に研究を行った。(i)分子クラスター形成により実効的サイズが上昇した可能性について検証を行った。平均二乗変位の解析から、数個の分子からなるクラスターが安定に存在する可能性が示唆された。並進拡散と回転拡散は、拡散分子に対する半径の依存性が異なるため、並進拡散に加えて回転拡散も測定することで、この案を検証する予定である。また、また別の可能性としては、高分子鎖の実効的相関長が変化し、空間サイズ依存的な遅い拡散が生じた可能性もあることから、高分子網目よりも大きなビーズの拡散から周囲の粘弾性を測定する解析も行っている。今後は、これら二つの解析から、空間サイズ依存的な遅い拡散の要因を導く予定である。(ii)共同研究により、反応拡散を生みだすタンパク質群を添加した際の拡散係数変化を解析した。その結果、拡散係数の平均値は変化しないものの、ある時間領域の揺らぎが大きくなる示唆を得た。今後は、この現象の検証を行う予定である。
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