研究課題/領域番号 |
18H01211
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
福嶋 健二 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (60456754)
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研究分担者 |
日高 義将 国立研究開発法人理化学研究所, 仁科加速器科学研究センター, 専任研究員 (00425604)
飯田 圭 高知大学, 教育研究部自然科学系理工学部門, 教授 (90432814)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 中性子星 / 状態方程式 / 高密度物質 / 機械学習 / 回帰分析 / 摂動的QCD計算 / ハドロン共鳴 |
研究実績の概要 |
本研究の究極的な目標は、中性子星内部に存在する高密度物質の状態方程式、すなわち圧力とエネルギー密度との関係を同定することにある。この目標のために、本研究では互いに相補的だと考えられる3つのアプローチをとっており、本年度はそれぞれにおいて満足できる成果をあげることができた。以下にその概要を述べる。 まず観測的解析について。中性子星はさまざまな質量、半径の分布をもっているが、観測データの誤差が大きいため、現状では「確率分布」の形でデータが与えられている。従って状態方程式を再構成する際にも、それらしい状態方程式の確率分布しか求めることができない。このような統計的な処理には、確率の扱い方に関する仮定が隠れていることが多い。我々は従来の統計的な方法と独立なアプローチとして、機械学習を利用した新しい方法を提唱した。特に今年度はその方法論を体系化し、方法の中に原理的に含まれている不定性を定量化した。また中性子星の問題よりずっと理想化した問題設定で、学習用データの取扱方によるアウトプットの安定性について深堀りし、機械学習の基礎的な研究にも貢献することができた。 つぎに現象論的な模型計算について。状態方程式の模型計算は通常、多くのパラメータを含み、既知の物理をよく再現することができても、未知の領域での正当性は保証されない。そこでなるべく広いパラメータ空間で拘束をかけることが本質的に重要である。我々は重イオン衝突実験で作られる高温物質の状態方程式を高密度に外挿し、そこで中性子物質についてよく分かっている領域の物理を再現するようなミニマルなセットアップを準備し、最小限のパラメータで最大限の物理を記述できるような模型を作っている。 最後に第一原理理論であるQCDによる計算について。高度な再和法を駆使して摂動計算の安定性を向上させることを狙って摂動QCDの改良に取り組み、一定の成功を収めることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
中性子星からの観測データは、これまでは質量と半径について誤差の大きなデータしか得られていなかったが、NICERからのデータや、中性子星合体における重力波など、新しい実験的拘束が増えてきている。我々の機械学習を用いた実験データの回帰分析にもそれらのデータをいちはやく取り込み、コンシステンシーをチェックすることができた。機械学習による状態方程式構成ツールの開発もひと段落し、系統的な解析を論文の形にまとめて出版したので、現在はパブリックツールとして公開すべく、議論を進めているところである。 また第一原理的なQCD計算や、ハドロン共鳴モデルに相互作用効果を入れた模型の提唱など、結果は着実に積み上がってきており、現在、論文にまとめるために結果を整理している。これらの結果は国際的なオンラインセミナーで発表したり、隔年で開催されている国際会議で紹介する等して、聴衆からのフィードバックをもらいながら議論をしつつ、質を高めてきたものである。 さらにこのような状態方程式の構築だけを目指した研究だけでなく、高密度状態で核(ハドロン)物質がいかにしてクォーク物質へと転化するか、という大問題に対しても、量子パーコレーションという全く新しい切り口から一石を投じることに成功した。また関連して「柔らかい」クォーク非閉じ込めと、「固い」クォーク非閉じ込め、という新しい概念を提唱することもできた。特に固いクォーク閉じ込めでは、系全体の性質がクォーク等のパートンによって支配されており、高エネルギー散乱実験でアクセスできるパートン分布から高密度物質の状態方程式を読み出すことができる、ということを実証して見せた。これは近い将来実験が始まる電子・イオン衝突実験で得られるデータの応用という観点からインパクトのある仕事だと考えている。以上より、研究は順調に進展している、と言える。
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今後の研究の推進方策 |
現象論的な模型の構築および数値計算について、ほぼ必要なセットアップが完了しているのだが、デバッグしたり現象論的な拘束を実装していくための試行錯誤したり等、時間のかかる作業が残っている。当初は本研究課題で採用しているポスドクを活用して研究を完遂させる予定だったのだが、COVID19の影響で緊密なコミュニケーション、議論に支障が生じてしまい、この方向性での研究に遅れが出てしまった。一方でそのぶん、より基礎研究に関しては国際共同研究を推進することはできたので、全体としての研究の進捗は、順調だと評価できるものだと考えてはいるが、今後の推進方策として喫緊の課題は、より実践的な状態方程式模型を確立するための作業を完遂することである。 これまでにリモートでの計算機資源へのアクセス法の簡便化をはじめとして、完全にリモートな環境でも数値計算の試行錯誤に支障が出ないような環境整備を進めてきた。今後はこのような足場をもとに、本研究課題のメインな研究テーマとして結果を積み上げてきた状態方程式構築に関して、早急に、状態の標準的なツールともなり得るような可搬性の高い記述法をまとめていくことを目指している。 さらにもしも可能であれば、高密度物質探索を目的としている(相対的に低エネルギーの)重イオン衝突実験との接点も模索していきたい。これは重イオン衝突実験に関わる多くの人たちの切望するものであり、我々はとりわけハイペロン(ストレンジクォークを含むバリオン)に注目して議論を展開するつもりである。中性子星では古くからハイペロン・パズルと呼ばれる謎が知られており、また重イオン衝突実験ではハイペロンを含むハイパー核が生成され、その寿命が精密に測定されつつある。我々の現象論的模型にはハイペロンが自然と含まれており、この面白い物理を議論する理想的なツールであると言える。
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