研究実績の概要 |
体内の微量必須元素のように極微量でも大きな影響を与える事例は枚挙にいとまがなく,その存在状態(化学状態)を知ることは機能や性質の理解に重要である。しかしながら,極微量(トレーサー量)の試料に対しては,吸収や回折などを用いる通常の分光学的方法で構造情報を得ることはできない。そこで本研究では,電子捕獲(EC)過程や内部転換(IC)過程による原子核半減期が原子核位置の電子密度に依存することを利用して,トレーサー量物質の化学状態に関する情報を得ることを目的とする。 本年度はEC壊変核種であるMn-52g(半減期5.6日)を効率よく製造するために,Mn-52gの励起関数測定を行った。Mn-52gはサイクロトロンではCr-52(d,2n)反応,電子加速器ではFe-54(γ,2n)およびFe-54(γ,pn)反応で製造することができるが,今年度はCr-52(d,2n)反応での製造を試みた。クロムが含まれた合金を用いたスタックフォイル法でCr-52(d,2n)反応および副反応の励起関数測定を行い,25 MeVまでのデータを得ることができた。今後はFe-54(γ,2n)およびFe-54(γ,pn)反応での製造量や副反応生成物,化学収率のデータを取得してCr-52(d,2n)反応の結果と比較検討することで,半減期測定のための試料調製法を確立する。 昨年度,半減期測定のための試料調製法の検討を行ったEC壊変核種であるCr-48(半減期22時間)については実際に化学形を変えて測定を行い,データを蓄積している。原子核近傍の電子状態を推測するために複数の計算コードを用いた量子化学計算も進めている。今後は実験と計算の比較を詳細に行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
予定通り,EC壊変核種であるMn-52g(半減期5.6日)を用いた研究を開始した。東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンターのAVFサイクロトロンを用いて,Cr-52(d,2n)反応の励起関数測定を行った。ターゲットのCrからMn-52gを分離する方法にも目処が付いており,Mn-52gの半減期測定は次年度から開始できる予定である。しかしながら,今年度の後半に東北大学電子光理学研究センターの電子線形加速器およびターゲット照射装置が重故障し,マシンタイムの多くがキャンセルされたために,Fe-54(γ,2n)およびFe-54(γ,pn)反応を用いてMn-52gを製造した場合の生成収率や副反応生成物に関するデータ,化学分離法の開発等が実施できなかった。そのため,電子加速器を用いた研究分は遅れが生じている。 同じくAVFサイクロトロンを用いて製造するCr-48(半減期22時間)の半減期測定については順調に進んでいる。昨年度から化学分離法の改良を進め,試料調製については問題ない。また,Crの化学状態に関する電子状態も量子化学計算を行い,いくつかの知見を得ることができている。現在はMnの電子状態の計算手法についての検討を行っているところである。 以上より,本年度の進歩状況としてはやや遅れていると評価できる。しかし,この遅れについては電子加速器および照射装置の重故障によるものであり,今年度末に既に復旧しているため,今後の問題にはならないと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は東北大学電子光理学研究センターの電子線形加速器を用いて,Fe-54(γ,2n) およびFe-54(γ,pn)反応を用いてMn-52g製造に関するデータを取得する。Fe-54(γ,2n)およびFe-54(γ,pn)反応に関する生成収率や副反応生成物に関するデータを取得し,ターゲットのFeからMn-52gを分離する手法の開発を行う。その後,Cr-52(d,2n)反応の結果と比較検討することで,半減期測定のための試料調製法を確立する。 Mn-52gの試料調製法を確立しながら,Cr-48およびTc-99mの半減期測定も引き続き行う。最終的にはMn-52g,Cr-48およびTc-99mの化学状態を変化させて半減期を精密測定して,化学状態による半減期変化を観測する。 実験と同時に原子核近傍の電子状態を推測するために量子化学計算を行う。得られた結果と半減期測定の結果を比較しながら,計算条件および実験条件を改善していく予定である。
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