研究課題
暗黒物質の直接検出は現在の素粒子・宇宙物理学の最大の課題のひとつであり、WIMP(Weekly Interactive Massive Particles)モデルに基づき世界中の多くのグループが探索実験を行っている。中でも質量~10GeVc 2 、断面積~10 -41 cm 2 付近では、発見を主張する実験(DAMA、GoGeNT等)と棄却する実験(XENON等)が混在し大きな注目を集めている(DAMA領域)。本研究の目的は、液体アルゴン(Ar)を標的とした検出器によりDAMA領域を探索することにある。液体 Ar は液体窒素より少し高い沸点 87K を持ち、密度 1.4 g/cm 3 の無色透明の液体である。Ar は大気中において窒素・酸素に次いで 3 番目に多く含まれる気体であり比較的安価なため検出器の大型化に有利である。液体 Ar 検出器の顕著な特徴としては荷電粒子の通過により“シンチレーション光”と“電離電子”の2種類の信号が生成されることにある。二つの信号を組み合わせることにより液体 Ar 検出器は非常に強力な粒子識別能力を持ち、暗黒物質による信号事象と背景事象(主にβ線)の分離が可能となる。この分離性能はArシンチレーション光(波長 128 nmの真空紫外光)の検出効率に大きく依存するため、本研究ではまずその向上に取り組んだ。2018年度は小型プロトタイプ液体Ar検出器を製作し、2019年1月に行ったテスト実験において、世界最高のシンチレーション光検出効率(約12 光電子/keV)を達成に成功した。これは液体Arの発光量(40 光子/keV)と用いた光電子増倍管の量子効率(30%)から予想される検出限界に到達しており、ほぼ理想的な検出器の実現に成功したといえる。
2: おおむね順調に進展している
波長128nmの真空紫外光であるArシンチレーション光に直接感度を持ち、しかも液体Ar温度で駆動可能な光検出素子は非常に限られている。そのため、まず波長変換剤を用いて可視光に変換する必要がある。今年度はこの変換手法の最適化を行った。波長変換剤としてはTPB(Tetra-N-phenylbenzidine)を採用し、128nm光を420nmに変換する。新たに開発した真空蒸着装置により蒸着手法の再現性を高め、蒸着条件を変化させながら最も変換効率の高くなる条件を決定した。光検出素子としては光電子増倍管(R11065、直径3インチ、量子効率30%)を採用し信号読み出しを行う。プロトタイプ検出器としては円筒状の反射材(3M ESR)の両端に2本の光電子増倍管を配置し検出器内部にTPB蒸着を施したものを製作した。2019年1月に行ったテスト実験では、検出器全体を液体アルゴン中に浸けた状態で外部から種々放射線源(Am241、Cs137等)を照射しシンチレーション光検出効率を測定したところ、約12 光電子/keV)を得た。これは液体Arの発光量(40 光子/keV)と用いた光電子増倍管の量子効率(30%)から予想される検出限界に到達しており、ほぼ理想的な検出器の実現に成功したといえる。
検出器シミュレーションによる評価により、さらなるシンチレーション光検出効率の向上により暗黒物質探索感度の向上が見込まれることが判明した。近年の半導体光検出器技術の発展により開発された浜松ホトニクス社のMPPCは可視光領域で非常に高い光検出効率(最高で65%)を持つことが分かっており、これを採用することによりシンチレーション光検出効率をさらに2倍程度向上させることができると予想される。ただしMPPCの実装にはいくつかの課題がある。①液体アルゴンの極低温下においてMPPCの性能はまだ十分に検証されていない②MPPCは素子あたりのサイズは6mmx6mmと光電子増倍管(7.5cm円)に比べて小さいため同面積の検出器を構築するためには多チャンネル読み出しシステムの開発が必要になる。これらの課題をクリアし、MPPCを用いたプロトタイプ検出器を製作し、液体Arシンチレーション光検出効率の世界記録をさらに2倍位程度向上させることが当面の目標となる。その結果をもとに、暗黒物質検出感度を持つ検出器を製作し探索を行うことが、最終目標となる。
すべて 2019 2018
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (15件) (うち国際学会 3件、 招待講演 6件)
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