研究課題
雷や雷雲から10 MeV に達するような高エネルギー制動放射線が観測されている。こうした制動放射線は電子が雷や雷雲の中で高エネルギーに加速されたことで作られるため、制動放射線の詳細観測により、雷や雷雲中での電子の加速メカニズムの理解を推し進めることができる。驚くべきことに、近年の観測により、雷の中で高エネルギーの制動放射線をきっかけとして大気中の窒素や酸素から中性子が剥ぎ取られる光核反応が起こっていることが明らかになった。しかしながら、光核反応の発生メカニズムや発生条件は、まだよく理解されていない。雷や雷雲中での光核反応の詳細をより理解するために、2019年度に日本海沿岸の柏崎刈羽原子力発電所や大学、高校などに、ガンマ線及び中性子検出器などを30台以上設置し、光核反応を引き起こしたと考えられる現象を確認した。また、装置開発を進める一方で過去に得られたデータを解析した結果、雷から地上に向けて発せられる制動放射線(ガンマ線フラッシュ)が光核反応の発生に大きく寄与していることが分かってきた[たとえば、Wada et al. (PRL 2019)]。さらに原子力発電所のモニタリングポストのデータも活用し、ガンマ線フラッシュの発生高度(2500 ± 500 m)や制動放射線を放つ電子の総数(およそ8x10^18個)を見積もり、はじめて地上に向けて発せられるガンマ線フラッシュに関する定量評価を行った。ガンマ線フラッシュでは莫大な制動放射線が発生するため、通常、我々が使用する検出器を飽和させてしまう。2019年度、この困難を克服するための時間分解能に優れた検出器の開発を行い、実際に観測を行った。また、光核反応の発生にともなうガンマ線の輝線(即発ガンマ線)を捉える装置も展開した。得られたデータから装置の改良点などを洗い出すことができ、今後の装置性能の向上に繋がるデータを取得できた。
2: おおむね順調に進展している
2019年度には、光核反応に由来する即発ガンマ線や中性子の検出に狙いを定めたCeBrシンチレータやGSOシンチレータ、EJ270シンチレータを搭載した検出器を含め装置を開発し、日本海沿岸地域の複数箇所に装置を展開した。また、光核反応を引き起こすガンマ線フラッシュに特化した検出器の開発及びそれを用いた観測とともに、雷や雷雲の発生点の情報を探るための鉛コリメータを有した検出器の開発及び観測も行った。2019年度の気候は暖冬傾向であったため、放射線の増大現象の観測例は少なかった。その中で、光核反応の兆候を示す現象を確認し、2020年春の日本物理学会にて発表を予定していたが、コロナ感染症の拡大防止の一環で日本物理学会は中止となった。この現象に関しては論文投稿に向けて解析を進めている。日本海沿岸の冬の雷のみならず、夏の雷からの放射線観測のため、スカイツリーにも放射線観測装置を設置することができ、観測を実施した。2020年度の観測体制の拡張に向けたデータを取得できた。2018年度までに得られたデータの解析を実施し論文としてまとめ、3本の査読付き論文を発表した。これらの論文では、光核反応のきっかけとなるガンマ線フラッシュの発生高度や寄与した電子数の推定に加えて、電波観測との同時観測により雷の進展との比較を行い、光核反応の発生メカニズムや条件の理解が進んだ。
光核反応で生成される中性子及び即発ガンマ線の検出のため、中性子及びガンマ線を効率的に弁別できる、あるいはエネルギー分解能を向上させるなど検出器の高度化を行い、そうした検出器を日本海側地域へ展開していく。2019年度には、20台以上の装置を共同研究者らと設置し、2020年度においては装置台数をさらに増加させる予定である。また、光核反応を引き起こすガンマ線フラッシュの実態の解明に向けて、時間応答に優れた測定システムを構築していく。こうした取り組みを通して、光核反応の発生メカニズムや条件の理解を進めることが可能な観測体制を整えていく。装置開発に加えて、近年のデジタル技術の進展を取り入れたソフト的な解析手法の開発も行っていく。具体的には、波形弁別や機械学習を用いた中性子及びガンマ線の効率的な分離を目指す。冬の雷のみならず、夏の雷もターゲットとした装置展開を推進していく。冬の雷と比べて夏の雷の発生高度は、通常1 km 以上となる。そのため、装置を高所に設置していく必要があるが、すでに展開済のスカイツリーや、過去に展開経験のある高山の観測所などを含めて拡張を考えていく。
すべて 2020 2019
すべて 雑誌論文 (5件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 3件)
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