研究課題/領域番号 |
18H01271
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
岡田 邦宏 上智大学, 理工学部, 教授 (90311993)
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研究分担者 |
南部 伸孝 上智大学, 理工学部, 教授 (00249955)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 低温イオン極性分子反応 / イオントラップ / シュタルク分子速度フィルター / クーロン結晶 / 星間分子 / 分子動力学計算 / ab initio MD / レーザー冷却 |
研究実績の概要 |
岡田は改良を加えた冷却バッファーガスセルの性能評価を行うことを目的として,回転温度冷却されたフルオロメタン(CH3F)とレーザー冷却Ca+イオンとの低温イオン極性分子反応(Ca+ + CH3F → CaF+ + CH3)の反応速度測定を行った。ガスセル温度が室温の場合と約30 Kの場合に得られた反応速度定数を比較したところ,約10Kの並進反応温度において,回転冷却されたCH3Fの反応速度定数が有意に大きくなることを確認した。Perturbed Rotational State(PRS)理論を用いて得られた捕獲速度定数と比較したところ良い一致が見られたことから,冷却ガスセルによってCH3Fの回転温度が約30 K程度まで冷却されていたと考えられる。またこの反応の速度定数は,低温において極性分子の回転準位分布に対して敏感に変化することも分かった。この結果は,非熱平衡にある星間物質では,極性分子の回転準位分布を考慮した化学モデルが必要があることを示唆している。一方,星間分子反応CH3CN + H3O+ → CH3CNH+ + H2Oの速度定数を並進温度約2Kで初めて測定した。PRS理論により得られた捕獲速度定数と比較したところ有意な差がみられたことから,CH3CNとH3O+の回転準位分布の差による速度定数の違いが影響しているものと考えられる。本実験により,今後行う予定である回転温度冷却されたCH3CNとH3O+による測定と比較可能なデータを取得できた。 一方,分担者の南部はBunkerらによるA + BC Trajectory programを発掘し,研究室で開発されてきた非断熱非経験分子動力学プログラムに組み込む作業を実施し,アンモニアの生成過程で現れるN+(3P) + H2(11Σg+)衝突反応に応用した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
岡田は当初の計画通り冷却バッファーガスセルを用いて生成した低速極性分子線を冷却イオントラップ中に捕獲したイオンに照射することによって反応速度測定を行った。極性分子としてアセトニトリル(CH3CN),フルオロメタン(CH3F),標的イオンとしてレーザー冷却されたCa+イオン及びH3O+を用いて行い,概ね当初の予定通りに反応速度測定を行うことができた。wavyシュタルク分子速度フィルターに入射するCH3Fの回転温度が室温の場合と約30 Kに冷却した場合で比較を行い,PRS理論で得られた捕獲速度定数と比較することで冷却バッファーガスセルの性能評価を行うことができた。また,イオントラップ飛行時間型質量分析計に関してはアインツエルレンズを用いた混合クーロン結晶の引き出し実験を進めた。低温イオン極性分子反応によって生成したCa+とCaF+の混合クーロン結晶をイオントラップの径方向に引き出し,マイクロチャンネルプレートで信号を検出した。アインツェルレンズの電圧を変化させることによって信号強度が大きく変化することを確認し,昨年度行ったシミュレーション結果と概ね一致することが分かった。現在はイオン引き出し効率が高い電位配置を探索しているところである。 共同研究者の崎本は,CH3Fとイオンの捕獲断面積の計算を行い,捕獲速度定数の温度依存性を計算するためのプログラムを作成した。また,非対称コマ分子であるD2O分子のシュタルクシフト計算プログラムを完成させた。現在D2Oとイオンの捕獲断面積を計算するためのプログラムの開発に着手している状況である。 南部はN+(3P) + H2(11Σg+)衝突反応の結果をさらに解析し,確実に作成したプログラムが機能していることを確認しているところである。今後,アセトニトリルとネオン原子間のイオン分子反応に応用するため,プログラムの開発を実施している。
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今後の研究の推進方策 |
岡田は冷却バッファーガスセルを用いて回転温度冷却されたCH3CNをwavyシュタルク分子速度フィルターに入射し,星間分子生成反応CH3CN + H3O+ → CH3CNH+ + H2Oの並進反応温度依存性を測定し,速度定数の回転準位分布依存性を明らかにしていく。実験で得られる速度定数をPRS理論によって求めた捕獲速度定数と比較することによって反応確率に温度依存性があるかどうかを検証する。一方,昨年度に引き続き,イオントラップ飛行時間型質量分析計を用いた混合クーロン結晶の引き出し条件の最適化を行う。レンズ電圧を系統的に変化させるだけでなく,イオントラップ全体の電位を現在よりも高電位に引き上げ,イオン引き出し効率の向上を目指す。この引き出し実験は,低温イオン極性分子反応で生成される分子イオンを含む系で行う。 共同研究者の崎本は,今後行われる予定である非対称コマを対象とした反応速度測定実験に合わせ,重水やメタノールなどの非対称コマ分子とイオンの捕獲断面積を計算するためのプログラムを開発していく。 南部は2019年度に実施したab initio分子動力学シミュレーションの経験を活かし,別な方法で検証する。具体的にはQuasi-Classical Trajectory(QCT)計算を,on-the-flyのab initio計算に基づき実施するためのプログラムを開発する予定である。これまで,A+BC反応等の三原子分子系の衝突反応プログラムは既存であるが,原子+多原子分子反応を実施するためのプログラムが存在しない。そこで,衝突反応における初期状態の量子化後の決定と生成物の量子化後の最終状態の決定を行うプログラムを開発する。生成物に関する量子化は,速度相関関数より得られるパワースペクトル解析法を応用する。また,可能であればアセトニトリルとネオン原子との反応に応用する。
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