研究課題/領域番号 |
18H01323
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
遠藤 一佳 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (80251411)
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研究分担者 |
野下 浩司 九州大学, 理学研究院, 助教 (10758494)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 表現型可塑性 / 貝殻形成 / 軟体動物 / DNAメチル化 / 水流実験 |
研究実績の概要 |
本年度はL. stagnalisの表現型可塑性による環境への応答に着目し、L. stagnalisの一世代における水流への形態の応答を明らかにすることを目的とした飼育実験を行った。定量可能な水流という環境刺激を与える飼育装置を製作し、この中で遺伝的背景を揃えた個体を約六か月間飼育した。二か月ごとに三つの実験区(異なる流速条件で二つ、コントロールとして静水条件で一つ)における個体の計測を行い、殻の長さ、殻の幅、殻口部の長さ、殻口部の面積、足の面積、殻と基質との角度といった形質を測定した。またL. stagnalisの成長に伴った各形質の変化をより詳細に調べるため、水流実験とは別に静水下で5個体を単独飼育し五か月の間8日ごとに形態を計測した。これらの個体の形態解析に加え、L. stagnalisのトランスクリプトームデータにおけるDNAメチル化関連酵素(DNMT1、DNMT2、DNMT3)の有無を調べた。水流実験の結果、水流がある実験区で育った個体は水流がない実験区で育った個体に比べて(1)殻の成長速度の低下、(2)性成熟の開始時期の遅れ、(3)殻の長さに対する足の面積の増加、(4)殻と基質が成す角度の低下が見られた。さらに、水流実験に用いた個体の観察や上述の結果の(3)と(4)を統合して、水流条件下の個体において(5)殻の長さに対する足の体積が増加していることがわかった。一方、殻の長さに対する殻の各部位の計測値に関しては有意差は見られず、殻の形状に変化は見られなかった。L. stagnalisにおいてDNAメチル化関連酵素をコードする遺伝子Dnmt1とDnmt2の存在が示され、L. stagnalisがDNAメチル化やtRNAのメチル化の機構を持つ可能性が示されたが、Dnmt3はトランスクリプトームデータからは見つからなかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
淡水性巻貝のLymnaea stagnalisにおいて、生息環境の違いによって貝殻の形態が異なることは古くから知られてきた。静水環境下では殻は細長く、流水環境下では太いという形態の差異は水流の有無という異なる環境刺激に応答した結果であり、その形態の差異が次世代に伝わることで殻形態の進化につながるのではないか(遺伝的同化)と考えられた。しかし、実際に水流という環境刺激と巻貝の殻形態の直接的な因果関係はこれまで定量的には実証されてこなかった。本研究課題におけるこれまでの研究で、少なくとも一世代中の環境刺激への応答として貝殻形態に有意な差は生じないことを示すことができた。一方で、一世代中の環境刺激への応答として、貝殻の長さに対し、足の体積が有意に増大していることも分かり、この変化が次世代に伝わるのであれば、貝殻形態が変化(進化)する可能性があることも示すことができた。これらの理由から本研究課題はおおむね順調に進展していると判断される。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で、水流という環境刺激に応答して、貝殻形態が変化し得ることが分かった。一方で、貝殻形態は一世代では変化せず、水流による貝殻形態の変化を確認するためには、水流下での継代飼育という、本研究課題の最終目標と照らし合わせると費用対効果が低そうな実験を行う必要があることも明らかとなった。そこで、今後は貝殻形態の可塑性については一旦棚上げし、貝殻らせん成長に関係しそうな遺伝子の探索とそれらの機能解析のための下地作りを優先的に推進する。具体的には、Lymnaea stagnalisを用いて、(1)外套膜の左右でmRNAの発現量に有意な差の見られた貝殻基質タンパク質、(2)DppやWnt等のシグナル伝達因子、(3)POUファミリー等他の軟体動物で貝殻形成への関与が示されている転写因子等の遺伝子について、in situハイブリダイゼーションによる発現解析や阻害剤を用いた機能解析実験を進める。また、CRISPR/Cas9による遺伝子機能解析を行うため、L. stagnalisの受精卵への遺伝子導入の方法開発も進める。
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