燻焼(炎を生じない燃焼形態)から有炎燃焼への遷移が火災被害の急拡大をもたらす.したがって燻焼から有炎燃焼へ遷移する臨界条件を明らかにすることは火災リスクマネジメント上重要である.しかし,この遷移現象を対象とした研究例は限定的であった.本研究では「燻焼から有炎燃焼への遷移現象の学理の探究」を目的として,理論および実験の両面からこの遷移現象を科学的に解明することを試みた. 本研究では,2種類の実験を行った.1つ目は酸化剤の強制対流中でセルロース系固体を燃焼させる実験である.この実験では可燃性固体から発生する熱分解生成ガスと強制対流が対向流を形成し,一次元系とみなすことができる(擬一次元実験と称する).燃料のセルロース系固体としては,空気中では燻焼するものを選択した.酸化剤中の酸素濃度をパラメータとして実験したところ,酸素濃度が下限界を下回ると消炎し,上限界を超えると有炎燃焼に遷移することが確認された.そして,この実験結果を再現できる一次元数理モデルを構築した.固体の熱分解反応と熱分解により生成するチャーの表面燃焼反応,および熱分解生成ガスの気相での燃焼反応の3つの反応を考慮したモデルである.酸素濃度が下限界を下回ったり上限界を上回ったりすると燻焼状態の解が存在しなくなる.つまり,このモデルを用いて消炎および有炎燃焼への遷移の臨界条件を予測できる.モデルの予測結果(限界酸素濃度および燻焼温度,燃え拡がり速度)を実験結果と比較したところ,良好に一致した. 2つ目の実験は自然対流下における燃え拡がり実験であり,実火災の初期の燃焼状態を模擬した実験と見なすことができる.実験データの解析により,自然対流による熱移動と反応による発熱のバランスにより有炎燃焼への遷移条件が決まることが明らかになった. 以上の知見をもとに,実火災の数値シミュレーションを可能にする定式化を行った.
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