研究課題/領域番号 |
18H01823
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
石川 亮 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特任准教授 (20734156)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 走査透過型電子顕微鏡 / 時間分解能 / 原子分解能 / 複合点欠陥 / 原子拡散 |
研究実績の概要 |
本研究では,従来の高い空間分解能(原子分解能)を保持しつつ,時間分解能を高めることにより,原子空孔などを含む複合点欠陥の空間分布や表面原子構造を明らかにすることを目的とする.昨年度までに,原子レベルで平坦な酸化物基板表面を得るための熱処理条件を見出した.したがって,本年度は原子レベルで平坦な遷移金属酸化物基板に担持した貴金属ナノ粒子の動的観察を高速電子プローブ走査システムにより行った.注目した酸化物基板と貴金属ナノ粒子の格子ミスマッチが大きい系であったため,基板とナノ粒子の方位関係が形成される温度領域を探索するために,電子顕微鏡中での加熱実験を行った.その結果,400℃以上の温度領域で優先的な方位関係が得られ,観察が比較的容易な系を見出し,観察を行った.安定的な観察を実施するため,真空中で加熱した後,室温で観察を行った.300 kVの加速電圧での観察を行うと,貴金属ナノ粒子は不安定であり,電子線照射により時間と伴に形状が変化していく様子を捉えることに成功した.ナノ粒子の電子線による損傷過程では,粒子表面から単原子が切り離されて,ランダムではなく基板の特定の原子サイトに沿って拡散が誘起されることにより進行することが明らかとなった.観察されたナノ粒子のダイナミクスは加熱過程での挙動とは異なるため,次年度は加熱過程での動的観察を試みる.また,得られた結果を取りまとめ,論文および国内外の学会にて発表を行う.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
高速電子プローブ走査システムでは,最速で1秒間に25フレーム(fps: frame per second)の原子分解能像の取得が可能であるが,各ピクセルにおける電子プローブの滞在時間が極めて短くなるため(83ナノ秒),最適な電子線照射量の決定が必要である.そこで,本研究で対象としている結晶系の像計算を行い,必要な電流量を検討した.その結果,100 - 200 pA程度と極めて高い電流量が要求されることが明らかとなった(通常の原子分解能観察では10 - 20 pA程度).実際に観察を行ったところ,信号ノイズ比が低いものの,原子分解能観察が40ミリ秒の時間分解能でも可能であることを確認した.しかし,数分程度の長時間に渡った観察を行うと電子線照射によるダメージが観察された.電子プローブは左から右へ走査を繰り返して行うが,電子プローブ位置を正しく制御するために,各ラインの左側で待ち時間が存在する(フライバックタイム).この待ち時間は数十マイクロ秒と非常に長いため,大電流での観察を行うと,結晶に大きなダメージを与えることが分かり,今後の課題である.
25fpsでの観察を行うと,1分間に1500フレームの像が取得される.これらの像を精密に解析するため,(1)ノイズ除去法の検討,(2)すべての像の位置合わせを行うプログラムを作成した.ノイズ除去法としては様々な手法があるが,ここでは,時間方向に対して多くの部分に変化が観察されないことを利用してカルマンフィルターを検討した.パラメータ設定を適切に調整することで,時間分解能を失うことなく信号ノイズ比を向上させることが可能となった.
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今後の研究の推進方策 |
これまでに,電子顕微鏡を高度に制御するためのソフト・ハードを中心に開発を行ってきた.その結果,従来の20倍程度の高い時間分解能が得られるようになった.したがって,今後はアプリケーションを中心に行う.特に,昨年度の研究では,遷移金属酸化物基板に担持した貴金属ナノ粒子の挙動を捉えることに成功した.そこで,今年度は酸化物表面での貴金属原子の拡散挙動から酸化物表面に形成された欠陥構造解析を行う.また,新たな点欠陥解析手法として,大収束角電子顕微鏡法との融合を検討する.電子顕微鏡における深さ分解能は収束角の二乗に反比例することが良く知られている.最近の電子光学の大幅な進展によって2 - 3 nm程度の深さ分解能が得られつつある.そこで,高い深さ分解能と時間分解能を併用することにより,材料中の表面および内部に形成された点欠陥の動的挙動を明らかにする実験を行う予定である.得られた動的挙動に基づいた第一原理計算を行うことにより,点欠陥の拡散挙動を明らかにしていく.これらのアプリケーションに加え,引き続き動画解析を行うためのソフトウェア開発も行っていく.特に,高い時間分解能での観察では電子ドーズが極端に小さくなるため,多くの量子ノイズにより解析が極めて困難となっている.そこで,時間方向への多量のデータと情報科学に基づいた解析手法の融合により,点欠陥の追跡を可能とする解析手法の探索を行う.また,得られた結果を取りまとめ,論文および国内外の学会にて発表を行う.
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