本研究では、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、がんの進行度を1細胞単位で力学的に同定する新手法を開発することを目的とした。1年目は、AFMを用いた1細胞力学的診断システムを開発した。細胞のエルゴード性を満足する最適条件の探索のため、各種細胞の形態制御が可能なマイクロパターン基板を作製した。具体的には、様々な幾何学的形状に細胞をパターン化するマイクロ加工基板、および、平面・立体の次元を制御したマイクロ加工基板を作製した。細胞力学特性を精密に計測する手法を考案し、1細胞レオロジーの網羅計測が可能な広範囲計測が可能なAFMシステムを開発した。そして、2年目は、作製したAFMおよびマイクロ加工基盤を用いて、正常細胞と遺伝子改変したがん細胞のエルゴード性を調べた。また、がん細胞力学特性と細胞構造、および細胞形態との関係を調べた。特に、マイクロパターンの形状を変化させることにより、細胞診断能が変化する可能性があることが分かってきた。さらに、その細胞診断能が細胞内の空間位置に強く依存することが分かってきた。3年目は、これらのデータの再現性の確認、追加データの取得、論文公表準備を行ってきた。そして本研究の過程において、細胞の力学特性だけでなく、細胞形状も細胞診断の有用な指標になる可能性があることを見出した。また、細胞レオロジーの時間領域に依存して、細胞力学に関係する細胞構造が変化する可能性があることを見出した。このことはサブ細胞レベルの構造の力学計測を分離し、細胞診断に利用できる可能性を示唆した。予想を超える成果として、本AFM技術の一部は発生胚計測にも有用であることを示した。以上の研究から、原子間力顕微鏡を用いた時間空間細胞力学計測によりがん細胞の診断が可能になった。今後の課題は、細胞力学診断の高速化や様々な部位のがんへの適用およびアッセイである。
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