空間反転対称性の破れた超伝導体において、磁場によってさらに時間反転対称性を破ると、クーパー対が重心運動量をもった「ヘリカル超伝導相」とよばれる新奇状態に転移することが予言されている。本研究提案では、半導体基板上の「表面原子層超伝導体」がその条件を満たしうることに着目し、ヘリカル超伝導相の実空間観測を目指す計画であった。 令和二年度は、前年度に続きヘリウム3クライオスタットおよびSTMの製作を行った。また、測定対象であるインジウム原子層超伝導体 Si(111)-√7×√3-In の平行磁場に対する臨界磁場が増大するメカニズムを明らかにし、論文として出版した。原子層超伝導体の物性解明の意味では大きな進展であるが、同時に、現状の試料品質ではインジウム原子層超伝導体の電子散乱の効果が無視できず、ヘリカル超伝導相が抑制されていることが予想された。 そこで電子散乱の原因となる欠陥の少ないインジウム原子層超伝導体を作製するため、蒸着・熱処理条件を調整するとともに、極低温走査トンネル顕微鏡測定により電子散乱の詳細を調べた。その結果これまで観測することのできなかった電子定在波を明瞭に観測することができた。電子定在波に含まれる周波数成分をフーリエ変換解析により調べたところ、√7×√3単位胞より細かな定在波が支配的であるという、一見奇妙な現象が観測された。この現象は単なる平面波どうしの干渉としては理解できず、結晶運動量の高調波成分を含むブロッホ状態どうしの干渉として理解されることがわかった。第一原理計算からもこの解釈を支持する結果が得られた。超伝導と直接の関係は無いものの、電子定在波からブロッホ状態の情報を引き出せることを示すという重要な成果である。
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