研究課題/領域番号 |
18H01878
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
高橋 圭 国立研究開発法人理化学研究所, 創発物性科学研究センター, 上級研究員 (90469932)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 分子線エピタキシー / 酸化物薄膜 / 量子伝導 / 強磁性 / スピン偏極電子 |
研究実績の概要 |
LaドープEuTiO3薄膜の高移動度化に取り組んだ。これまで、EuTiO3より格子定数の小さなLSAT基板上にガスソースMBEにより高移動度のLaドープEuTiO3薄膜の成功し、これまでの移動度の低いPLD薄膜では観察できなかった磁化に比例しない異常ホール効果を見出して報告してきた。2018年度は、格子定数のミスマッチのないSrTiO3基板上への高温成長によって量子伝導観察可能な移動度1000cm2V-1s-1を超える薄膜の成長条件の最適化を行った。 EuTiO3の成長は還元条件でないと、異相のEu2Ti2O7の析出が避けられない。そのため、通常はEuTiO3と基板のSrTiO3から酸素が還元されることにより膜にも基板にも電子がドープされてしまいキャリア量の制御が困難であった。そこで、EuTiO3層の上に同じペロブスカイト構造で酸化条件でも構造が安定なSrTiO3をキャップ層として積層した後に、オゾンガスによるポストアニールで酸素欠損を完全に埋めることに成功した。このプロセスの確立によってLaドープによる電子ドープの範囲が10^18 から10^20cm^-3で、移動度が1000~3200cm2V-1s-1の薄膜が再現性良く得られるようになった。それら全ての薄膜で2 K以下でシュブニコフドハース振動の明瞭な観察が出来るようになった。また、第一原理計算の結果と合わせるとその伝導電子は完全にスピン偏極した2つのバンドを占有していることが分かった。このようにスピン偏極した伝導電子が量子伝導を示す例は他にほとんどなく、スピンと量子効果の相関を調べる理想的な系であり研究の発展が期待される成果を得ている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
格子の歪みのない高移動度LaドープEuTiO3薄膜をSrTiO3基板上に作成するプロセスを確立し、磁気抵抗量子振動(シュブニコフドハース(SdH)振動)が様々な電子キャリア密度、膜厚の試料で観察できるようになった。SdH振動の温度依存性から電子の有効質量の見積が可能である。その結果、LaドープEuTiO3の電子の有効質量はキャリア密度 の範囲で0.7meであることが分かった。この質量はSrTiO3の1.6meと比較して非常に小さい。EuTiO3とSrTiO3の伝導電子は同じチタンの3d電子バンドであるが、EuTiO3はEuの4fのスピン7/2との交換結合の影響を受けて有効質量が軽くなるのは直感に反している。そこで、この電子を詳細に調べるために第一原理バンド計算を行った。その結果、SrTiO3に比べて3dバンドの2つの小さなフェルミポケットがEuの4fバンドによって大きく変調されて、有効質量が軽くなっていることが計算によって明らかにされた。 さらに実験的にこの量子振動するバンドを調べるために、印加磁場の角度を薄膜面直方向から平行方向に変化させてその振動周期の変化からフェルミ面の形状を調べた。この実験には薄膜の膜厚が電子のサイクロトロン半径(100nm程度)より大きくないと、薄膜表面で電子が散乱されて量子振動が観察できなくなってしまう。そこで、この角度依存実験のために膜厚500nmの試料を成長させて実験を行った。その結果、印加磁場方向が膜面に平行になってもSdH振動の振幅が減衰しないデータを得ることに成功した。一連の実験の進展は目標のスピン偏極電子の二次元量子伝導の実現に近づく成果になっている。
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今後の研究の推進方策 |
LaドープEuTiO3の厚膜(100nm 500nm)の移動度は3000程度が最大値であることが昨年度までの研究で分かった。キャリア密度1018cm-3程度の 薄膜の伝導電子の平均自由行程は約30nmでありこの距離はドープしたLaの平均間隔と同じオーダーである。従って、LaドープEuTiO3薄膜の移動度を律速しているのは、不純物散乱としてのLa原子の可能性がある。さらに移動度を向上させて、二次元化しても高移動度をたもった構造を目指すにはLaドープによるデルタドープ構造では成功しない可能性が高い。そこで、今年度からはドーピングの方法を変えた実験により高移動度二次元化の方向性を探ることにする。 まず、La置換ではなく、Gd置換による電子ドーピングの実験を行う。Laドープの場合、Eu2+のサイトには元々4fに7/2スピンが存在していたがLa置換によってスピン0の欠陥を作ることになる。しかし、Gd3+はスピン配置がEu2+と全く同じためにスピン秩序、スピン散乱には置換により全く変化はないはずである。また、元素置換による電子ドープではなく、界面の電荷不整合による電子ドープで不純物散乱のない電子ドープを試みる。LaAlO3/SrTiO3やLaTiO3/SrTiO3界面で盛んに研究されている電荷不整合による電子ドーピングをGdTiO3/EuTiO3界面にも適用可能と考えて、GdTiO3/EuTiO3構造の成長に取り組む予定である。
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