研究課題/領域番号 |
18H01889
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
乗松 航 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (30409669)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | グラフェン / 界面 / 移動度 |
研究実績の概要 |
本研究では、SiC基板上グラフェンの移動度向上を妨げている要因をグラフェン、基板、界面の中から特定し、移動度の向上を目指している。そのために、H30年度には、CVD法で作製したグラフェンをSiC上、バッファー層/SiC上、およびSiO2/Si上に転写して電気伝導測定を行った。その結果、すべての試料で正孔伝導を示し、移動度は温度によって変化しなかった。この結果は、SiC上に成長したグラフェンの電子伝導と温度上昇に伴う移動度低下とは異なる。また、室温での移動度は、転写グラフェンの方が高かった。また、SiC上グラフェンを引き剥がして、再びバッファー層/SiC、あるいはSiO2/Si基板上に転写した試料でも同様の実験を行い、CVDグラフェンと類似の結果を得た。バッファー層上転写グラフェンにおいて、温度上昇に伴う移動度の低下がなかったという事実は、何らかの原因でグラフェンとバッファー層の間隔が広いために、バッファー層のフォノンの効果が抑制されたためと考えられる。一方で、これらの試料に対して角度分解光電子分光(ARPES)測定を行ったところ、バッファー層上へ転写した試料のディラック点は、フェルミエネルギーより低エネルギー側に観察された。これは、グラフェンが電子ドープされていることを示しており、Hall測定とは矛盾する結果である。 並行して、界面構造改質として取り組んでいる高圧水素インターカレーションについては、安全面に注意した上で3気圧程度の水素ガス中で700度程度で加熱を行うことのできる装置を開発した。実際に高圧水素インターカレーション処理を行った試料に対してラマン分光測定を行ったところ、大気圧中での水素インターカレーションと比べて欠陥由来のDバンドピークが減少していることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
H30年度に計画していた、CVDグラフェンとSiC熱分解グラフェンを、それぞれバッファー層/SiC上、SiO2/Si上に転写し、電気伝導測定を行うことは、問題は何度か起こったものの、最終的には順調に進展した。しかしながら、得られた移動度の温度依存性やキャリアタイプについては、一部で予想とは異なる結果が得られた。具体的にはまず、転写グラフェンにおいて、電気抵抗や移動度の温度依存性が極めて小さかった。これは、グラフェンが受ける界面フォノンの影響が非常に小さいことを意味している。転写プロセスにおいて、グラフェンと基板の間に何らかの不純物が存在し、それによってそれらの距離がある程度以上の値を持ったためであると考えられる。また、Hall効果測定と角度分解光電子分光(ARPES)測定で、グラフェンのキャリアタイプに矛盾が観察された。実際、Hall効果測定では正孔伝導を示したのに対し、ARPES測定からはグラフェンが電子ドープされていることがわかった。そこでH31年度には、これらの結果に対する理解を深めていく。ここで、転写プロセスを経ていないSiC熱分解グラフェンにおいては、表面不純物の有無にかかわらず電子伝導を示すこともわかっているため、転写グラフェンにおける基板(あるいはバッファー層)とグラフェンの間の距離を精密に測定して、それらの相互作用を詳細に明らかにする必要がある。一方、水素インターカレーションについては、高圧インターカレーション装置を構築し、3気圧程度の水素ガス雰囲気中で700度程度の加熱を行うことができた。一連の実験の結果、圧力を上昇させることで、グラフェン中の欠陥が減少することはわかってきた。しかしながら、欠陥の存在を示すDバンドピークはいまだ観察されており、欠陥の除去はまだ完全ではないことがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、H30年度に明らかになった結果を踏まえて、グラフェンの移動度に及ぼす基板と界面層の影響をさらに詳しく調べ、移動度向上を目指していく。まずは、転写グラフェンにおいて、移動度の温度依存性やキャリアタイプに観察された矛盾の原因を明らかにし、移動度向上を妨げる原因を探っていく。まずは、Hall効果測定で正孔伝導が得られた試料を、真空アニールせずにARPES測定を行うことで、ディラック点がどこに位置するかを調べる。これにより、表面に吸着された不純物の影響を明らかにすることができる。また現状では、転写の際にグラフェンの上あるいはバッファー層界面に何らかの物質が残渣として残っている。この残渣の除去方法を検討すると共に、界面に存在する残渣の影響でバッファー層の効果が小さく現れたとも考えられるため、実際のグラフェン-バッファー層間距離を、透過型電子顕微鏡を用いて直接観察して調べる。また、残渣が残らないような転写方法についても試行錯誤を続ける。一方で、界面だけではなく、SiC基板の表面近傍でSi欠損が生じ、それによりグラフェンの電気伝導に影響を与えている可能性も考慮する必要があるため、その詳細を明らかにしていく。高圧水素インターカレーションについては、さらに温度、圧力および時間などの処理条件を改善することで、より欠陥の少ないグラフェンの形成を行い、電気伝導測定やARPESによる電子構造観察を行っていく。
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