研究課題/領域番号 |
18H01932
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
渡邉 昇 東北大学, 多元物質科学研究所, 准教授 (90312660)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 原子・分子物理 / 電子分光 |
研究実績の概要 |
分子の解離により生成するフリーラジカルは高い化学活性を有し、様々な連鎖的化学反応を担うドライビングフォースとなっている。解離化学種は一般に高い内部エネルギーをもち、しばしば高振動励起状態にある。このため、解離種を対象とした電子運動量分光(EMS)実験の結果には、分子振動による核変位に応じた電子波動関数形状の歪み効果が色濃く表れると予測される。これまで我々は安定分子の電子運動量分布に現れる分子振動効果の観測に成功するとともに、その影響を取り入れた理論計算法を開発し、実験結果を良く説明できることを示してきた。しかしながら、本手法は分子振動を調和振動として扱い、且つ平衡核配置からの変位が十分に小さいと仮定しており、高振動励起状態には適さない。そこで、フリーラジカルへの応用を視野に入れ、調和振動子近似では記述できない大振幅振動へ適用可能とする理論拡張を行った。さらに、本手法をメチル基のねじれ振動を有するギ酸メチルおよび加熱により振動励起したジメチルエーテルに対して適用し、実験より得られた電子運動量分布と比較している。ギ酸メチルの結果に関しては、論文にまとめ公表した。 上記研究と並行し、高温分子ビーム源を用いてCF3I分子の熱解離で生成するCF3ラジカルの測定を試みた。製作した高温ノズルは試料ガスを1000 K程度まで加熱でき、比較的高い割合でCF3IをCF3とIに解離し得る。EMS実験より得られた束縛エネルギースペクトルには室温での実験には見られないヨウ素のイオン化バンドが表れており、加熱により分子の解離に成功した。しかしながら、生成したヨウ素が真空槽内で凝集することから、長時間の積算実験が行えず、CF3の信号をとらえるには至らなかった。そこで、ヨウ素トラップの装置への組み込み、およびヨウ素を含まない分子を対象とし実験の二方面により、解離化学種のEMS測定実現を目指している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨年度に導入した高温ノズルを用いた測定を開始し、当初の目論見通りCF3I分子の熱解離に成功した。しかしながら、真空槽内でのヨウ素凝集の問題が生じ、それへの対応が必要となったため、若干の遅れが生じている。
|
今後の研究の推進方策 |
分子の熱解離で生成するラジカル種を対象とした軌道形状観測法を確立すべく、装置改造と実験を継続して行う。昨年度にEMS装置へ組み込んだ高温ノズルを用い、プラズマエッチングで重要な役割を果たす種々の分子より生成する解離種の分子軌道形状イメージングを実現する。これと並行して、昇温では生成の困難なラジカル種まで研究対象を広げるために、放電を用いたラジカルビーム源をEMS装置に別途導入する。プラズマ中の反応では、電子衝突により生成した励起化学種が反応を牽引するが、その反応性には励起分子軌道の形状が強く関与していると考えられる。そこで、ペニングイオン化分光法で確立された準安定原子ビームの生成技術を発展的に用い、電子励起状態にある種々の化学種の分子軌道イメージングを実現するための技術基盤を確立する。生成が比較的容易な希ガス原子の電子励起状態を最初の対象として、測定を行う予定である。弱く束縛された励起電子の属する軌道は、原子の外側まで広がったブロードな分布をもつ。位置空間とフーリエ変換の関係にある運動量空間において軌道形状を観測するEMSはブロードに広がった軌道分布に鋭敏であるため、電子励起した化学種の軌道形状観測に威力を発揮する。
|