研究課題/領域番号 |
18H01950
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
西川 浩之 茨城大学, 理工学研究科(理学野), 教授 (40264585)
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研究分担者 |
志賀 拓也 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (00375411)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 磁性伝導体 / TTF-金属錯体 / 有機デバイス / 電界効果トランジスタ / 発光デバイス / 分子スピントロニクス |
研究実績の概要 |
分子内に常磁性金属イオンを組み込んだ分子性磁性伝導体を用いた電界効果トランジスタ等の有機薄膜デバイスを作製し,外部磁場や円偏光に応答するデバイスの開発を目的としている。昨年度は初年度に引き続き,分子性導体の主要分子であるテトラチアフルバレン(TTF)誘導体を配位子とする常磁性Cu(II)金属錯体,[Cu(EDT-sae-TTF)2]のラジカル塩の単結晶ESRスペクトル測定を行い,伝導性π電子と局在dスピン間の相互作用の存在を明らかにした。昨年度の測定ではの時定数が大きすぎたため,分解能が悪く,詳細な議論ができなかった。そこで時定数を小さくしたところ,dスピンに由来するスペクトルに構造があることが明らかとなった。ESRスペクトルの確度依存性を結晶中の分子の配向と関連付けることにより,[Cu(EDT-sae-TTF)2]のラジカル塩の電子構造について,より詳細な議論を行うことができた。また,π電子とdスピンとの相互作用の存在を明確にするため,中心金属をNi(II)イオンに置換した非磁性錯体,[Cu(EDT-sae-TTF)2]およびそのラジカル塩を新たに作製し,ESR測定を行いCu錯体と比較した。以上の結果は現在,論文にまとめているところである。 本年度はより強いπ‐d間の相互作用の発現を目指して,TTFのπ電子系とCu(II)錯体部位が共役系でつながった新規TTF-配位子およびそのCu(II)錯体である[Cu(TTF-Salphen)]の合成を行い,その構造解析と物性の測定も行った。この新規錯体はTTFのπ電子系とCu(II)-Salphen錯体部位が縮環していることから,錯体の平面性が非常に高いことをX線構造解析から明らかにした。また,平面性が向上していることから分子間相互作用も増大しており,従来のTTF-Cu錯体に比べ伝導性が2桁以上向上していることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は昨年度に引き続き,[Cu(EDT-sae-TTF)2]のラジカル塩の単結晶ESRスペクトル測定を行い,伝導性π電子と局在dスピン間の相互作用について明らかにした。また,常磁性金属錯体におけるπ-d相互作用の存在を明確にするため,同型の非磁性Ni錯体[Ni(EDT-sae-TTF)2]およびそのラジカル塩の作製を行い,各種物性測定,構造解析,ESR測定を行った。磁場下における電界効果トランジスタ特性を評価するためのマグネットは初年度に導入予定であったが,分光器と真空蒸着装置の改造で導入が遅れていた。本年度は0.6Tまで印加可能な電磁石を購入し,その立ち上げとデバイス測定用の真空プローバーの組み込みを行った。真空プローバー中の測定サンプル近辺での磁場強度の測定とできるだけ均一な磁場を得るための調整を現在行っているところである。また,初年度購入したマルチチャンネル分光器を用いて,偏光素子と組み合わせた円偏光測定系の立ち上げを行い,発光デバイスの円偏光特性が評価できるシステムの構築を行った。しかし,発光デバイスの寿命(発光強度の時間変化)が大きいため,左右の円偏光を同時かつ短時間で測定できるように測定系の改良を現在行っている。また,より強い磁性-伝導性の相互作用が発現する系の開発は,本研究の目的である外部磁場に応答する電界効果トランジスタの作製には必要不可欠である。そこで,本年度はより大きなπ-d相互作用が期待できるTTF-金属錯体の開発を行い,伝導性π共役系と常磁性金属錯体部位が縮環した新規TTF-金属錯体,[Cu(TTF-Salphen)]の合成に成功し,そのラジカル塩の電気伝導性が従来のTTF-金属錯体と比較して,2桁以上も向上していることを明らかにした。この錯体も中錯体であることから真空蒸着法による薄膜デバイス化を試みたが,現在のところFET特性は観測されていない。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度は初年度に引き続き,磁性-伝導性間に相互作用を有する常磁性TTF-金属錯体の開発と薄膜化を行い,無磁場下での電界効果トランジスタ(FET)特性を明らかにした。また,より強い磁性-伝導性相互作用が期待できる新規TTF-金属錯体の合成にも成功し,従来の錯体に比べ2桁以上高い伝導性を示すことを明らかにしている。今後も引き続き,以下の研究を行う。まず,無磁場下でFET応答を示すことを明らかにしている[Cu(EDT-sae-TTF)2]の薄膜トランジスタデバイスの磁場下でのFET応答の測定を行う。既に真空プローバーの組み込みが可能な0.6Tマグネットを購入し,現在測定系を構築しているところである。測定準備が完了次第,磁場下での測定を行い,FET特性の磁場依存性を明らかにする。また,より強いπ-d相互作用の発現が期待でき,[Cu(EDT-sae-TTF)2]のラジカル塩に比べ電気伝導性が向上している[Cu(TTF-Salphen)]については,極低温における単結晶ESR測定を行い,磁性と伝導性間の相互作用の詳細について明らかにする。さらにこの錯体を用いた薄膜デバイスの作製を行う。予備的に真空蒸着法にデバイスの作製を試みたが,今のところFET応答は観測されていない。真空蒸着時の蒸着温度を細かく検討するとともに,スピンコート法によるデバイス化も検討する。スピントロニクスデバイスが示す重要な物性として円偏光発光(CPL)があることから,キラルな有機π電子系を中心にCPLを示す物質の開発を行っており,凝集誘起CPLを示す系の開発にも成功している。より強い発光を示す物質の開発を目指して,TTF-金属錯体にキラリティと希土類金属イオンを導入した新しい物質系の探索も行う。既にキラルなTTF配位子からなるEu錯体の合成に成功している。今後,この錯体の発光特性の詳細を明らかにする予定である。
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