研究実績の概要 |
安価なクロロシランを原料として様々な有機ケイ素化合物の合成を可能とする触媒反応の開発はケイ素化学工業において重要な課題である。本研究は、困難であるがゆえに学術的には全くの未開拓分野とされてきたSi-Cl結合の酸化的付加に取り組むことで、クロロシラン類の触媒的分子変換技術を確立することを目的とする。また、強固なSi-Cl結合の酸化的付加反応に関する機構の詳細解明を世界に先駆け行うことで、有機金属化学分野に大きなブレイクスルーをもたらすことを狙う。 本年度は、古くから精密有機合成反応分野において用いられてきたクロスカップリング反応をケイ素化合物の分子変換反応に応用した。試行錯誤の末、電子豊富なニッケルを触媒とするHeck反応により、ポリクロロシランの選択的モノアルケニル化を達成した。本反応の特徴は、有機基源として安価なアルケン類を用いる点にある。また、従来のクロロシランへの有機基の導入法である、高価で反応性の高い有機金属試薬を用いる反応と比較すると、本開発手法は温和な条件下で反応が進行するため、ジまたはトリクロロシラン類に対して1つあるいは2つの有機基を選択的に導入することが出来る。本反応を用いることで、これまで合成困難であった有機基を含むクロロシラン類を効率的に合成することが可能となった。 以上の取り組みに加え、新たに鉄(0)錯体を設計し、Si-Cl結合切断反応の機構解明にも取り組んだ。平面四座PNNP配位子(2,9-bis(diphenylphosphino)methyl-1,10-phenanthroline)を有する鉄(0)錯体1を合成した。錯体1は、室温で速やかにクロロシラン類と反応し、強固なSi-Cl結合を切断することを見出した。本反応は、遷移金属錯体によるSi-Cl結合の酸化付加反応のwell-definedな例として世界で5例目と、極めて珍しい例である。
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