研究課題/領域番号 |
18H02040
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
渡邉 紳一 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (10376535)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 高分子材料 / テラヘルツ |
研究実績の概要 |
令和元年度は、高分子材料のテラヘルツ分光によって、材料の結晶化やひずみの蓄積に伴うミクロな分子構造変化を観察することに注力した。以下に、令和元年度に得られた成果を箇条書きで記す。 (1)高速テラヘルツ分光装置を用いることで、加熱処理にともなうポリ乳酸の構造変化の実時間観測を行った。誘電関数スペクトルの時間変化から結晶化速度を見積もり、特定の温度で結晶化速度が最も速くなることを観察した。さらに、ガラス転移点近傍における誘電関数スペクトル変化から、分子振動の緩和時間がガラス転移温度前後で変化することを見いだした。 (2)ステレオコンプレックス型ポリ乳酸(sc-PLA)のテラヘルツ分光スペクトル計測を行い、その結晶化度を評価した。非晶質状態からsc-PLAへの結晶化が進むにつれて非晶状態の分子鎖の振動モードに加えて、1.4 THzと2.1 THz付近に分子振動モードに由来する新しいピーク構造が現れた。我々は、得られたスペクトルに対してローレンツ関数の和でフィッティングを行い、その結晶化度を評価しX線回折実験より見積もった結晶化度と比較し良い一致を得た。さらに、sc-PLAのスペクトルピーク位置について考察した。 (3)繰り返し延伸した際の黒色ゴムの応力測定とテラヘルツ偏光計測を同時に行い、得られた応力・複屈折の傾向から、応力軟化のメカニズムについて考察を行った。 (4)電気光学変調器を用いた高速デュアルコム偏光計測装置の開発に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本プロジェクトでは、高分子材料の破壊・劣化メカニズムをテラヘルツ偏光計測でプローブすることを目的とする。令和元年度までの研究によって、具体的な研究対象が「熱劣化」「応力印加による劣化」「光照射による劣化」に絞られてきた。まず「熱劣化」については、高分子材料内部の加熱に伴うガラス転移・結晶化前後のミクロスコピックな状態変化について、テラヘルツ分光を用いるとどのような観察データが得られるかの情報が十分蓄積された。具体的には、計測された誘電関数スペクトル形状を解釈することで、結晶化に伴う新たな格子振動モードの出現や、ガラス転移前後の分子鎖の運動状態変化に伴う格子振動緩和時間変化が観測された。ガラス転移や結晶化は高分子材料の強度に大きく関連するものであるから、高分子材料の熱劣化過程を、ミクロスコピックな立場からプローブする技術が得られたものと考える。次に「応力印加による劣化」については、黒色ゴムの応力軟化とテラヘルツ光学伝導度スペクトルとの関係が得られた。またそのときの光学伝導度スペクトルのフィッティングパラメータ解析によって、黒色ゴム内部構造変化についても情報が蓄積された。さらに、「光照射による劣化」の研究を推進するために、レーザー光源照射に伴う高分子材料の構造変化の研究にも着手した。このように、令和元年度までの研究で、高分子材料のどのような劣化過程をターゲットとして研究するかの道筋がはっきりとした。 一方で、テラヘルツ偏光計測の高速化については、若干進行が遅れている。高速化を実現するためのデュアルコム分光光源の開発には成功したが、それをテラヘルツ分光に応用するところまでは至っていない。今後は光ポンプ・テラヘルツプローブ技術の開発などの超高速分光技術の開発とも組み合わせながら、様々なタイムスケールでの高分子材料の劣化過程をプローブする研究を推進する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
令和二年度は最終年度にあたる。最終年度はこれまでに得られた知見を組み合わせ、高分子材料劣化に伴うマクロスケール・ミクロスケールの構造変化を追究する。「現在までの進捗状況」で述べた三つのターゲットのうち「熱劣化」については知見が十分に蓄積されたので、最終年度は「応力印加による劣化」「光照射による劣化」に焦点をあてた研究活動を行う。具体的には以下の活動を行う予定である。 1)力学延伸に伴う高分子材料の結晶化過程の調査:力学延伸装置と高速テラヘルツ時間領域分光装置を組み合わせ、力学延伸時および破壊時における高分子ポリ乳酸のミクロな振動モードの実時間変化を観測する。 2)高分子ゴム材料の繰り返し延伸時の誘電関数変化の調査:力学延伸装置によって高分子ゴム材料を繰り返し延伸・伸縮し、延伸・伸縮過程中およびゴムが切れる直前の誘電関数スペクトルを調査する。これらの結果から、ゴムの劣化に応じて、材料内部のカーボンがどのような運動性を示し、それが材料の劣化にどのように影響するかを調査する。 3)光励起に伴う高分子材料結晶化進行過程の調査:光照射に伴い材料の結晶性がどのように変化するかを調査する。特に、テラヘルツ分光計測・X線回折実験・赤外分光計測を組み合わせ、光照射後のポリ乳酸薄膜試料の結晶化進行度合いを調査する。また空間分解測定によって、どの部分がどの程度結晶化が進行するかを調査する。 4)高速テラヘルツ分光装置の開発:さまざまな時間スケールの劣化現象をプローブするために、高速テラヘルツ分光計測装置および光ポンプ・テラヘルツ光プローブ装置を開発する。
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