溶液中で消光し、固体状態で強く発光する凝集誘起発光(AIE)色素は、生体分子イメージングや固体発光材料への多彩な応用が進められている。しかし、その分子設計法は未開拓な部分が多く、実在系で計算から合成・物性検討まで行った例はほとんど知られていなかった。そこで、光を照射すると二重結合のまわりで大きな構造変化を起こすことが知られているスチルベンに注目し、二重結合のまわりを炭化水素鎖で縛った「橋かけスチルベン」をモデルとした。橋かけしていないフェニルスチルベンは、溶液中でも固体中でも強く発光する。この分子骨格を AIE 色素にするには、励起された分子が溶液中で失活する必要がある。 この橋かけスチルベンについて、量子化学をベースに化学反応の経路を計算する方法により、ポテンシャルエネルギー曲面を算出した。その曲面の中で、円錐交差(CI)と呼ばれるポテンシャル面の交差点の近くでは失活が起こりやすく、消光の原因となる。そこで、橋かけ部位の長さを変えたスチルベン誘導体について、励起状態の溶液中での性質を計算したところ、橋かけ部位が 5 および 6 員環構造の場合(二重結合を強く縛った場合)には、CI が高いため、化学反応は蛍光発光する経路を通るのに対し、7 員環構造の場合(二重結合をゆるやかに縛った場合)には CI が低いため、化学反応の経路が CI 付近を経由することから分子が失活し、蛍光を放射しないことが予測された。 実際にそれぞれの構造の分子を合成し、光物理的性質を検討したところ、7 員環化合物(n=7)のみが、AIE 特性を示した。
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