研究課題/領域番号 |
18H02121
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
野尻 秀昭 東京大学, 生物生産工学研究センター, 教授 (90272468)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 細菌 / プラスミド / fitness / 淘汰 |
研究実績の概要 |
プラスミドは宿主に新規形質を与える反面、宿主に対して負荷を与え集団内での生存競争にマイナス要因として働く。この負荷を与えるメカニズムと集団内での優占化/淘汰の機構を理解できれば、耐性菌の優占化抑制、分解菌の効果的利用などプラスミドが関係する微生物機能をより効率的に制御できる。本研究開始前に、土壌細菌の一種であるPseudomonas resinovorans CA10dm4株が10種以上の様々なプラスミドのいずれを保持しても非保持株との競合培養でプラスミド保持株の割合が低下しないという性質(fitnessが高い性質)を持ち、種々のプラスミドに対し“非感受性”であることが示されていた。本研究では、新規性高い現象であるCA10dm4株の“プラスミド非感受性”のメカニズムを明らかにすることを目的としている。2018年度に非感受性の原因因子としてファージ関連遺伝子と二成分制御系遺伝子を同定し、それらの遺伝子破壊株を用いてRNA-Seq解析を行っていた。2019年度は、まず、それらデータと野生型株を用いたRNA-Seq解析の結果を詳細に比較した。その結果、同定された野生型株と比較して転写変動した遺伝子は、ファージ関連因子と二成分制御系遺伝子のそれぞれにTnが挿入された二つの異なる変異株で、かなり共通であることが示された。この結果は、二つの因子は下流のシグナル伝達系をある程度共有していることを示していた。共通して検出された遺伝子には、硫黄代謝系の遺伝子群や相同性の非常に高い三つの転写制御因子が含まれていた。これらがいずれも硫黄代謝系の主要転写制御因子CysBの制御下にあることを、プロモーター配列解析やRT-PCR解析により実証した。以上からプラスミド非感受性の発揮にはCysBレギュロンの転写調節が重要と考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
2018年度に同定したファージ関連因子と二成分制御系の二つの原因因子は、予想に反して類似のシグナル伝達系を介して非感受性を発揮している可能性を見いだした。さらに、このシグナル伝達系に、細菌の硫黄代謝系のマスターレギュレーターとされるCysBに制御された硫黄代謝系遺伝子と、機能未知の類似の3つの転写制御因子が含まれることが示された。2020年度にこれらについての解析を継続することで、本研究で目指した非感受性のメカニズムの完全解明に至る可能性は十分高いと言うことができる。さらに、硫黄代謝系がプラスミド非感受性に関与するという事実は、過去に報告もなく、研究開始時には全く想像されてなかったものである。この情報は、微生物の生理学に新しい知見を加えるものとなる可能性がある。一方、過去のCysBレギュロンについての知識は、モデル細菌である大腸菌を用いた成果に基づいている。本研究の成果は、大腸菌での研究成果が、「プラスミドのfitness管理」や「硫黄代謝」という生命現象の根幹に関わるような現象であっても他の微生物と共通でないことを示している可能性も否定できない。いずれにせよ、2019年度に得られた成果は非常に新規性が高いものであり、今後の研究展開が期待される。このような観点から、「当初の計画以上に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は、以下に示す3つの方針に従い、プラスミド非感受性の詳細な機構解明に取り組む。 ①非感受性の分子基盤の解明: 昨年度までに明らかにしたシグナル伝達系に含まれる各因子の機能解明を行う。まず、三つの転写制御因子のうち特に重要な機能を持つ鍵因子の下流の遺伝子群の同定のために、それらの破壊株と野生型株を用いたRNA-Seq解析を行う。また他グループの研究を参考にすると、鍵因子は残り二つの転写制御因子に制御される可能性が高い。その検証に向け、レポーターアッセイや5’-RACE法による鍵因子のプロモータ配列の決定、プロモータ配列と残り二つの転写制御因子の結合能をゲルシフトアッセイによる評価を行う。鍵因子上流/下流の機構に焦点を当て、非感受性の分子基盤の中枢を解明する。 ②ベクター非感受性の分子機構の解明: CA10dm4株は①で主に用いたプラスミドと全く特徴が異なる人工ベクターに対しても非感受性を示す。ただし、ベクターとプラスミドに示す非感受性の分子機構が必ずしも同じとは限らない。そこで本年度は①で分かりつつある機構がベクター保持にも作用するかを、ベクター保持・非保持時のCysBレギュロンの転写量の違いや鍵因子破壊時のベクター保持株のfitnessを指標に評価する。 ③遺伝子改変によるプラスミド非感受性宿主の構築: ①で得られた非感受性の鍵因子のホモログは、pCAR1保持に伴ってfitnessが低下する他のPseudomonas属細菌にも存在する。つまり鍵因子の存在ではなく、その上流/下流の機構こそが非感受性に重要と考えられる。そこで、①で得られた知見を元に他のPseudomonas属細菌を遺伝子レベルで改変し、非感受性(あるいはそれに近い性質)に変化させる。
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