研究課題/領域番号 |
18H02158
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
古屋 茂樹 九州大学, 農学研究院, 教授 (00222274)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | タンパク質 / 発達期 / モノアミン / 栄養制限 |
研究実績の概要 |
本研究課題は,胎児期・新生児期の母体を通じた低タンパク質栄養状態が導くシナプス伝達調節分子NRGNの発現異常を基軸に,成熟期脳において神経伝達異常を惹起する機序から,高次行障害を導く分子基盤の解明を目的としている。 今年度はまず,母体低タンパク食給餌によりNRGNが次世代雌性特異的に発現低下に至る時期の同定を行った。出生直後と2週齢(受乳期)個体脳での遺伝子及びタンパク質発現を検討し,出生直後において雌雄共通にタンパク質制限群でmRNA発現及びタンパク質が対照群に対して有意に減少していることを確認した。NRGNは脳において甲状腺ホルモン標的遺伝子として発現が制御されているが,他甲状腺ホルモン標的遺伝子の脳内発現は変化が認められなかった。そのため,発達期低タンパク質栄養によるNRGN発現変化は甲状腺ホルモン以外の因子が関与している可能性が示唆された。さらにNRGNが制御するシナプス情報伝達経路を媒介するキナーゼ類について,成熟期制限群での活性低下を見いだした。続いて脳内代謝物変化について,アミノ酸とモノアミン神経伝達物質について雌雄の制限群と対照群で比較し,大脳前頭前野において雌性制限群でのGABAとD-セリンの増加,グルタミン酸の減少を確認した。モノアミン類は,雌性制限群でドーパミンとセロトニンが増加していた。関連して雌雄制限群ではドーパミン受容体とその結合分子のmRNA発現も変化していた。海馬ではセロトニンが制限群で減少しており,代謝物5-HIAAと代謝回転の顕著な増加を見いだした。また,制限群海馬ではセロトニン受容体の複数の分子種がmRNA発現変化を示し,一部の変化は性的二型性を呈していた。前頭前野ではこれらの変化は検出されなかったことから,発達期低タンパク質栄養に対する成熟期の脳内応答には著しい領域差が生じていると考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下に示す複数の重要な発見があった。 1)制限群は出生直後において既にNRGNの発現が既に変化していたことから,胎児期での低タンパク質栄養状態がNRGNの発現を抑制していること,一方で他の甲状腺ホルモン標的遺伝子の発現は変化していないことから,NRGNの発現抑制に甲状腺ホルモン減弱以外の要因が関与している可能性が高いことを示せた。出生直後は雌雄制限群共通の変化であるが,成熟期では雌性特異的に発現減少していることから,生後から成熟期にかけて雌性特異的な何らかの機序が介在していることも推定され,発達段階により異なった機序を想定する必要があることも明確になった。 2)NRGNの下流で神経伝達情報を司るキナーゼについて,制限群での活性低下を見いだし,脳機能の根幹を成す神経伝達に異常が生じていることを明らかにできた。 3)制限群では大脳前頭前野と海馬で異なるモノアミン類の代謝変化と受容体及び関連分子の発現異常が惹起されていた。 以上の発見は,いずれも発達期低タンパク質栄養の脳機能への負の影響が極めて重大であることを示している。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度は以下の項目を実施する予定 である。 1)発達期低タンパク質栄養による早期からのNRGN発現異常に関わる機序として,遺伝子レベルでのエピジェネティックな変化を想定し,解析を行う。特にNRGNのプロモーター領域,CpGアイランドおよびアイランドショアのエピゲノム修飾異常に係るメチル化修飾変化に着目する。さらに栄養状態がmRNA分解を誘発するmiRNA発現を変化させているとの実験的な証拠が多数報告されていることから,制限群脳および血中のmiRNA発現変化について解析を行う。 2)上記解析に並行して,雌雄制限群の脳内代謝物変化の可能性について解析し,関連付けを試みる。 3)制限群脳内におけるNRGN発現変化が及ぼす行動レベルへの影響を明らかにするために複数の行動試験を行う。 4)制限群脳内NRGNと結合している分子の変化について,生化学的に明らかにする。
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