食品や農産物の非破壊迅速評価法として知られる近赤外分光法は,PLS回帰などの機械的学習手法の助けもあり,生産現場に広く普及している.しかし,それらは定量原理が不明なまま使い続けられているため,有害物質の検出や医療応用など,高い信頼性が求められる分野への進展が滞っている.したがって,非破壊・迅速分光分析の信頼性担保のため,検量モデルが成立するメカニズムの理解が急務である.本研究では,その理解を困難にしてきた理由は対象が生物由来,すなわち複雑な代謝混合物であるためと考え,網羅的代謝解析を活用することでその解明を試みた.具体的には主にNMR法を用いたメタボローム解析と量子化学計算によって,非破壊・迅速分光分析されるシグナルがどの代謝物(群)に由来するかを紐解く方針とした.特に果実糖度による選果に使用されているセンサーに使用されている特徴的な波長は経験によって選ばれていることが多いが,NMRとの相関解析によってリンゴでは糖だが,桃のように追熟性の果実ではペクチンの加水分解に関係する波長も選択されていることなどが明らかとなった.また,各種の糖が同じ波長で検出される吸収バンドの縮退のような現象が見いだされたが,量子化学計算によって定性的ではあるがその説明の手がかりを得た.本研究の内容は,近赤外分光法等の非破壊・迅速分光分析法を単なるポストハーベスト評価技術に留めず,メタボロミクスのためのリアルタイム計測手法に昇格するために資すると言える.
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