栽培化された穀物は、祖先野生種と異なり成熟後も種子が自然には落ちない特徴をもち、これは収穫する上での利点でもある。しかし本来、成熟した種子の脱落は植物が拡散し生息域を広げるために重要な形質である。そこで本研究では遺伝研究に優れるオオムギをモデルに用いて、すでに細胞壁を薄くすることで種子脱落に関与することが分かっている二つの遺伝子Btr1とBtr2に着目し、その機能を解明する。 コムギ連において小穂脱落性遺伝子Btr1とBtr2とそれらのホモログ遺伝子が存在するのに対し、コムギ連の系統進化的姉妹群にはBtr1とBtr2が存在せずホモログ遺伝子が存在することが、最新のゲノムアッセンブル情報から明らかになった。このことからBtr1とBtr2はコムギ連においてのみ特異的に、祖先型遺伝子からの重複で生じたことが明らかになった。 Aegilops longissimaにおいては穂の中央部1-2箇所の節でのみ離層ができるため、成熟して穂の上下二つの断片、あるいは二つの穂の断片と中央に一個の単独の種子が生ずる。この理由が、小穂非脱落遺伝子Btr1が下位の数節でのみ発現し、Btr2が穂の中位の数節でだけ発現することにより、両遺伝子発現が重なる中央部の1-2節のみでBtr1とBtr2が相補し、離層での離脱が生じることを発見した。 広く麦類では穂軸節の上に離層が形成されクサビ型の種子ができるが、Aegilops tauschii においては例外的に穂軸節の下に離層が形成され樽型の種子になる。この理由が小穂非脱落遺伝子Btr2がAe. tauschii では二つに重複しており、そのうちの一コピーが穂軸節の下で異所的に発現するためであることを発見した。 本研究によりこれまで全く分かっていなかったイネ科植物の進化メカニズムの一端が解明され、麦類が繁栄し栽培化されてきた過程の一端が解明された。
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