研究課題/領域番号 |
18H02203
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研究機関 | 東京農工大学 |
研究代表者 |
鈴木 丈詞 東京農工大学, (連合)農学研究科(研究院), 特任准教授 (60708311)
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研究分担者 |
レンゴロ ウレット 東京農工大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (10304403)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | RNAi / ハダニ / ナノ粒子 / 人工給餌 / Dicerアッセイ |
研究実績の概要 |
外因性の二本鎖RNA(dsRNA)によって,それと相補的な配列の遺伝子転写産物が切断され,その遺伝子発現が抑制される現象は,environmental RNAi(eRNAi)と呼ばれる.本研究のゴールは,あらゆる化学合成殺虫剤への抵抗性発達が問題となっているナミハダニを標的とし,eRNAiを作用機構とするRNA農薬の開発である. これまでに,液胞型プロトンATPase(V-ATPase)遺伝子を標的としたdsRNAを経口投与し,そのeRNAiの効果を検証した.その結果,V-ATPase遺伝子がノックダウンされた個体では,致死と産卵抑制の他,消化器系の大部分を占める胃と盲嚢で多数浮遊する細胞(消化細胞)が濃緑色を示すことが判明した.これは,消化細胞の機能がeRNAiによって阻害され,内部に未消化物が蓄積したことに起因すると考えられる.ナミハダニの表皮は半透明であるため,消化器系を充満する消化細胞が示す濃緑色を外部から目視で容易に確認できる.そのため,eRNAiにおける条件の最適化を図る際,V-ATPase遺伝子は,その指標として有用である. そこで2019年度は,V-ATPaseを標的とし,dsRNA長がeRNAi効果に及ぼす影響と,その分子機構について調査した.その結果,dsRNA長が>400 bpのeRNAi効果は,<200 bpのそれよりも有意に高いことが判明した.また,その原因として,RNAiマシナリーのひとつで,dsRNA切断活性をもつDicerによる認識が,dsRNA長によって異なることが判明した.本成果は,RNA農薬の開発に向けたdsRNA長の最適化に寄与するだけでなく,ハダニにおけるRNAiの分子機構の解明にも資する.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は,eRNAi効果におけるdsRNA長の最適化およびDicerのdsRNA認識機構について,国際共同研究を進めた.また,ハダニへの効率的なdsRNAの経口投与を可能にする人工給餌装置も開発した(特開2020-65548;論文投稿中).本装置は,dsRNA溶液を浸潤させたナイロン製の微細メッシュ(目開き:100~500 um)を,展延させたパラフィン製のフィルム(パラフィルム)でカバーしたシート状の構造物である.ハダニは,フィルムに口針を貫通させて,その直下にあるdsRNA溶液を吸汁する.なお,メッシュの各孔は,植物葉の細胞のように広く配置しているため,比表面積が大きく(10 mm^2/uL),少量のdsRNAでも多数のハダニへの経口投与が可能である(10頭/uL)(各数値は,目開きが100 umのメッシュの場合).本装置は,eRNAi実験の他,RNA農薬のキャリアとしての利用が期待されている微粒子の分散液の経口投与や,化学合成殺虫剤の経口毒性の評価にも利用できることが判明した(論文投稿中).また,ハダニ類以外では,アブラムシ類への経口投与の有効性も確認し,吸汁型の口器をもつ節足動物に広く適用可能な実験系として期待できる. 本装置以外に,ハダニの天敵であるカブリダニへの経口投与方法も複数開発した(Ghazy and Suzuki 2019).この成果は,直接的な殺虫効果だけでなく,天敵の機能強化も含めたRNA農薬の広範な応用が期待でき,これは総合的害虫管理体系の構築に資する.
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今後の研究の推進方策 |
ナミハダニでは,口針で吸汁された食物は,中腸に運ばれる.そして,その内腔で浮遊する消化細胞に取り込まれ,酸性に維持されたリソソーム様の小胞内で消化される.食物以外でも,dsRNAのような高分子や,ポリスチレン製の粒子も消化細胞に取り込まれる.eRNAiによって小胞内の酸性維持に必要なプロトンポンプ(V-ATPase)の機能が阻害されると,消化不良になり,産卵が抑制され,最終的に死に至る.つまり,消化細胞はナミハダニの生命維持に重要であり,かつ,dsRNAの輸送が容易なため,RNA農薬の有望な標的細胞である.そこで今後の研究では,まず,消化細胞のトランスクリプトーム解析を実施し,そのプロファイルをもとに,RNA農薬の標的候補遺伝子を選抜する.次に,選抜した遺伝子に対するeRNAiを実施し,高い殺虫効果が判明した遺伝子を,RNA農薬の標的とする. dsRNAは,紫外線(UV)によって損傷を受けたり,二本鎖リボヌクレアーゼ(dsRNase)によって分解される.そこで,dsRNAに頑健性を付与するナノ粒子の開発を目指す.このナノ粒子材料として,酸化亜鉛(ZnO)およびキトサンを検討する.ZnOにはUV遮蔽効果があり,さらに酸性下で溶解する.消化細胞の小胞内は酸性であるため,dsRNA-ZnOナノ粒子には,dsRNAへのUV遮蔽効果に加え,Zn2+による消化細胞に対する毒性効果も期待できる.他方,キトサンは,セルロースに次いで豊富に存在する天然多糖であり,陽電荷を帯びるため,負電荷の核酸と容易に結合し,ナノ粒子が形成される.昆虫では,dsRNA-キトサンナノ粒子の経口投与によってeRNAi効果が向上し,この要因として,dsRNase等を含む消化液に対する頑健性の付与が示唆されている.そこで今後の研究では,これらナノ粒子によるdsRNAの頑健性付与を図る.
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