研究実績の概要 |
植物免疫に関わるキチンCERK1は細菌と真菌由来の糖質性MAMPsに対する防御応答系だけでなく,イネOsCERK1では菌根菌共生応答にも関与するマルチ機能をもつ共受容体である。我々はOsCERK1がイネリポ多糖(LPS)誘導型防御応答系に関与することを示した。本研究では先行研究で進めているキチン防御応答系における受容体の活性化機構及びイネ菌根菌共生応答機構の解析を継続し、これらの情報をイネLPS防御応答機構の解析に還元させ、植物の防御と共生応答の生存戦略機構の解明を目指している。本年度はLPS結合分子探索用のリガンドとして,ビオチン化標識したLPSの合成及びLPSのO-抗原多糖を含まないLOSを植物病原菌体からの単離およびその標識体の作成を行った。これらの標識LPS/LOSをイネ培養細胞に処理し,LPS誘導型活性酸素の応答を解析した結果、これらの標識リガンドが生物活性をもつことを確認した。今後これらのリガンドを用いるイネ原形質画分との親和性標識実験を進めることが可能になった。 キチン誘導型防御応答系の活性化は,受容体がキチンリガンドを認識・受容し,受容体の自己リン酸化を起点に情報が細胞内に伝達する。我々はこれまでAtCERK1の個々の自己リン酸化部位について機能解析を進め,AtCERK1の細胞内領域の479及び573番目のスレオニン残基(T479, T573)及び428番目のチロシン残基(Y428)が自己リン酸化を介したキナーゼの活性化に関わることを示した。本年度はAtCERK1のS493に関する詳細な解析を行い,S493がAtCERK1自己のキナーゼ活性制御には関与せず,受容体の直下流にあるPBL27やPUB4のシグナル伝達因子のトランスリン酸化に関与することを示した。この結果は、CERK1を介する防御応答のシグナル伝達機構の解明につながる重要な情報であると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
LPSは,脂質部分であるLipid A,コアオリゴ糖,O-抗原多糖の3つの構造からなる。エリシター活性を持つと考えられるLipid Aに影響のない状態でTag標識を行うには,糖鎖部分を酸処理することにより得られたアルデヒド基を用いて,ビオチン化標識を行うことが有効である。しかしLPSの理論的な糖鎖酸化部位は,かなりの多数になる。LPSはLOSより糖鎖含有部分が多く,ビオチンの導入度合いが高くなることが予想される。一方,LOSは少ない糖鎖部位のためビオチン化度は低い反面,疎水性が高いという欠点がある。そこで本研究は,両LPSとLOSを用い,またNaIO4の処理濃度条件の検討を行い,多種のリガンド用試料を調製した。現段階では,作成した種々のビオチン化LPS及びビオチン化LOSともにエリシター活性を保持していることを確認している。次の段階ではイネ原形質膜画分を用い,それぞれの異なる特性を持つリガンドとの親和性標識実験を進める予定である。一方で,植物病原菌を培養し,その菌体物をフェノール/クロロホルム/石油エーテル法を用いて,LOSの調製を行った。しかし,同一の方法で調製した試料に活性型と非活性型標品が得られており,その原因はまだ不明である。今後,活性型標品の確認と均一な品質のリガンド試料の調製と供給を目指す必要がある。また大腸菌過剰発現系によるCERK1の細胞内領域の発現は,Tag標識や精製方法などを工夫して純度の高い試料の調製が可能にあったが,しかし,精製試料の保存中に不溶化が進み,次の実験ステージへの移行が困難である。そのため新たな試料の不溶化問題を克服するような方法を模索する必要がある。一方,LysM受容体複合体形成機構の解析用のイネ形質転換体の作成は順調に進んでいる。また,異なる免疫沈降反応や酵母Y2Hなどの手法による受容体複合体形成の解析も試みる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
植物免疫に関わるイネLPS防御応答機構に関わる受容体実体を探すために,リガンドとなるLPSやLOSの調製,また解析を行うためのビオチン標識化実験を進めている。LPS及びLOSには,それぞれのリガンドの持つ固有の特性があり,実験用のリガンドとしては一長一短である。またLPS結合タンパク質がまだ未同定であるため,受容体の持つリガンドの結合部位の構造的空間の予知できない。これを解決するために,異なるNaIO4濃度で処理を行い、ビオチン化度と溶解度の異なるLPS及びLOSリガンドの準備を終えている。次年度ではこれらのリガンドを用いて,イネ細胞から調製した原形質膜画分との親和性標識結合実験を進める。その際,すでに研究室で確立しているキチンリガンドを使用した親和性標識実験をコントロールに用いるが,イネ原形質膜と標識LPS/LOSリガンドとの親和性標識実験は,キチン応答解析系に比較して,より詳細な実験条件の検討と設定を必要とすることが考えられる。一方,これまでイネにおける防御応答活性の測定は,イネ種子からカロスを誘導したのち,カルスを培養溶液にて数週間かけて安定化させ,初めて実験試料として用いることができる。そのため,イネの変異体のMAMPリガンドによる活性酸素応答解析を行うには,かなりの長時間を要する。そこで,新たにより短時間にイネ植物体における生物活性の定性および定量方法の模索が必要であると考え,すでにその方法の準備を進めている。さらにこの実験手法により,イネ植物体とカルス由来の液体培養系における解析系の差異があるかどうかについても検討することが可能であると考えている。
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