親の一過性のエピゲノム変化が配偶子を介して次世代に伝わる、エピゲノム遺伝現象が近年広く知られるようになったが、その経世代物質の本体や遺伝の分子機序は不明な点が多い。本研究では父方の経世代物質候補のひとつである精子由来ヒストンに着目し、「精子由来ヒストンが次世代における胚発生や転写調節に寄与するか」を実験的に検討し、精子由来ヒストンの生理学的意義を明らかにすることを目的とした。 当該年度は最後の実験として、精子形成過程で出現する切断型ヒストンH3(csH3)について、そのゲノム局在を明らかにするために、セルソーターで分取した精母細胞を用いて、csH3のCUT&Tagを試みた。csH3を有する精母細胞は、全精母細胞の約30%しか存在しないため、当初予定していた細胞数では不十分であり、マウスを増やす必要があった。マウスの繁殖を待つ間にCUT&Tagの手法改良などを行い、CUT&Tag再試行に向けて準備を進めている。 さらに前年度までにヒストン切断の責任プロテアーゼを同定したことから、精巣組織培養にその阻害剤を加えて、そこから得らえた精子を顕微授精に供して経世代効果の確認を行う計画であった。しかし阻害剤添加の影響によって十分な数の精子細胞が得られなかった。そこで本プロテアーゼ遺伝子のノックアウトマウス(胎生致死ではないことが報告されている)を作製することを検討したが、成熟精子残存ヒストンに関する過去の知見に懐疑的な報告がなされたため、いったんこの検討なしで論文を纏めることにした。 当該年度は技術的な理由で、予定していたCUT&Tagを完了することができず、また分野全体の動向を鑑み、経世代効果の検討もいったん保留とした。しかしながら、本研究は精子形成における切断型ヒストンの存在とその発生時期、細胞内局在、切断酵素、さらには切断の上流にあるシグナル経路などの新規の知見をえることができた。
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