DOCK1は低分子量Gタンパク質Racの活性化因子として働き、細胞骨格制御を介してがん細胞の生存及び遊走/浸潤を制御する。DOCK1は広範ながん種で発現しその悪性化に寄与するが分子メカニズムの全容は不明である。今年度はDOCK1を介したがん細胞の遺伝子発現制御、及び腫瘍微小環境における免疫細胞との相互作用に関する検討を行った。 (1)マウス大腸がん細胞株 MC38のDOCK1欠損株を複数作製し、インターフェロン刺激の有無による遺伝子発現変化の差異をRNA-seqにより解析した。その結果、免疫抑制性受容体PD-1のリガンドであるPD-L1を含む一部のインターフェロン応答性遺伝子群の発現が親株に比べて有意に低下していた。細胞内シグナルを調べた結果、STAT3のリン酸化を介したシグナル経路の関与が示唆された。(2) MC-38-DOCK1欠損株を同系マウスの背側皮下に移植して、腫瘍内に浸潤した免疫細胞プロファイルを調べた結果、DOCK1欠損株ではCD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞いずれも割合が増加していることが判明した。(3) In vitroで複数種のがん細胞株をDOCK1阻害剤で処理して細胞表面マーカーの発現を調べた結果、一部の細胞株ではPD-L1発現が著減していた。以上の結果から、DOCK1-Racを介した一連のシグナルカスケードがインターフェロン応答性遺伝子の発現を介して腫瘍-免疫細胞相互作用に影響を与える可能性が示された。抗PD-1抗体の開発によって腫瘍免疫をターゲットにした抗がん治療の有効性が明らかとなっており、DOCK1は腫瘍免疫賦活化のための新たな分子標的として有望な可能性がある。一方、細胞種によってDOCK1分子の関与の程度に違いが見られたことから、今後さらに検討を重ねDOCK1阻害が有効ながん種を特定していく必要がある。
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