昨年度得られた心筋ミオシン1分子実験のデータを元に,シミュレーションモデルを構築した.以前に開発した骨格筋ミオシンのモデル(Kaya et al. 2017 Nat Commun)をベースに,リーバースストローク(力発生時の構造変化であるパワーストロークの逆反応)を頻繁に引き起こす特性やパワーストロークせずに一旦アクチンから解離する経路を加えることで,本研究にて実施した心筋ミオシンフィラメントの力計測から得られた特性を再現することに成功した.この結果から,1分子実験で観測された心筋ミオシンの特徴であるリバースストロークは,心筋ミオシン集団の自律機能に大きく関わっている可能性が見えてきた. さらにこのリバースストロークが心臓サルコメア内における収縮に与える影響を検証するため,サルコメア構造を加味した簡易モデルを構築した.サルコメア内ではアクチン1本に心筋ミオシン約75分子が相互作用するので,75分子がアクチンと相互作用するシミュレーションを行った.Z帯とアクチンの結合は,50 pN/nmと極めて硬いバネを結合させてモデル化し,カルシウム濃度の周期的な変化はミオシンの結合速度を周期的に変えることで表現した.このモデル結果から,リバースストロークを引き起こすことで,より多くのミオシンが結合して高い一定の力を出力し,収縮期の血圧維持に貢献していること,また収縮期の後半では多くのミオシンが連鎖的にリバースストロークから解離する現象を引き起こすことで,迅速に血圧の低下を実現している可能性が見えてきた.すなわち,心筋ミオシンのリバースストロークは,心臓から血液を送り出す左心室において,収縮期の安定した血圧の維持,また収縮期後半の迅速な血圧低下に極めて重要な役割を担う分子特性であることが示唆された.こうした一連の実験とシミュレーション結果をまとめた論文は,先月受理され近日掲載予定である.
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