研究課題/領域番号 |
18H02412
|
研究機関 | 佐賀大学 |
研究代表者 |
堀谷 正樹 佐賀大学, 農学部, 助教 (80532134)
|
研究分担者 |
渡邉 啓一 佐賀大学, 農学部, 教授 (40191754)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 生物物理 / 酵素 / 生体分子 / 電子スピン共鳴 / 構造生物学 / 低温適応 / 熱安定性 / 生体関連化学 |
研究実績の概要 |
南極にて生育する好冷細菌由来低温適応酵素の低温適応機構を原子レベルで解明するため、部位特異的スピンラベル電子スピン共鳴法(SDSL-ESR)およびX線結晶構造解析法による研究を行う。低温適応酵素として、生体が糖代謝の第一段階の酵素反応として利用しているグルコキナーゼを対象とした。 部位特異的スピンラベル法はシステイン残基に特異的に結合するため、ラベル剤を付加したい箇所に変異体を導入する必要がある。ところが天然に存在するグルコキナーゼの6つのシステイン残基にもラベル剤が付着する可能性があるため、まずは何か所、そしてどの部位にスピンラベル剤と反応しうるシステイン残基が存在するか検証を行った。その結果、好冷細菌由来グルコキナーゼにはひとつのシステイン残基のみしか反応しないにも関わらず、中温菌由来グルコキナーゼには3つのシステイン残基に反応することが明らかになった。さらに種々の部位特異変異体導入により、両酵素でどのシステイン残基がスピンラベル剤と反応するか確認することに成功した。 次に、好冷細菌由来グルコキナーゼは1カ所、中温菌由来グルコキナーゼについては3カ所のシステイン残基をセリンに置換した変異体を作成し、再度スピンラベル剤と反応するシステイン残基の数を検証したところ、両酵素でスピンラベル剤と反応し得るシステインが存在しないことを確認出来た。これらの変異体を出発点にし、酵素の構造ゆらぎを調べたい箇所合計20カ所に変異体を導入し、SDSL-ESR測定を行った。その結果、驚いたことに好冷細菌由来グルコキナーゼでは構造ゆらぎの温度依存性が中温菌由来グルコキナーゼにはない特異性を持っていることを解き明かすことに成功した。また、好冷細菌由来グルコキナーゼでは、ドメイン毎に大きく構造ゆらぎが変化することを見出した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
好冷細菌由来グルコキナーゼ、中温菌由来グルコキナーゼについて、それぞれ天然状態で6つ持っているシステイン残基の反応性をエルマン法により評価を行った。その結果、好冷細菌由来グルコキナーゼではひとつの、中温菌由来グルコキナーゼでは3つのシステイン残基に反応することが明らかになったので、部位特異的変異体導入法により、それぞれで数種類の変異体プラスミドを構築し、大腸菌による発現系の作成を行った。プラスミドを構築したものすべてで発現していることを確認し、高純度の精製を行ったところ、全てで単一かつ構造・活性を保持した状態で高濃度試料を得ることに成功した。これらを用いたエルマン法による解析から、天然状態でのエルマン、スピンラベル剤と反応し得るシステイン残基を好冷細菌由来グルコキナーゼ、中温菌由来グルコキナーゼの双方で確定するに至った。さらにそれぞれの酵素について円偏光2色性分光法による解析、およびその温度依存性から天然状態では好冷細菌由来グルコキナーゼの方が中温菌由来グルコキナーゼより熱安定性が高いことが分かった。これは従来から通説として考えられてきた低温適応酵素の性質とは異質であることを示している。この性質を発揮している分子メカニズムを明らかにするため、観測したい部位にスピンラベル試薬が結合する変異体20種を設計し、それら酵素の大量発現、精製を行ったところ、大半の酵素で単一試料を得ることが出来た。これらにスピンラベル剤を付加し、電子スピン共鳴法による構造ゆらぎを解析したところ、好冷細菌由来グルコキナーゼは柔軟性と強硬性をあわせ持つことが明らかになった。また、その構造ゆらぎには中温菌由来グルコキナーゼにはない温度依存特異性を示すことを明らかにすることに成功した。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでに天然状態好冷細菌由来グルコキナーゼ、中温菌由来グルコキナーゼにおいてスピンラベル剤と反応し得るシステイン残基を同定した。さらに低温適応機構解明に必要な個所にシステインの変異を導入したプラスミドをそれぞれ10種類づつ構築し、発現系・精製することに成功した。これら得られた標本について部位特異的スピンラベル電子スピン共鳴法により、幅広い温度範囲において、構造ゆらぎがどのように変化していくか、それを好冷細菌由来グルコキナーゼ、中温菌由来グルコキナーゼにおいて比較検討を行い、新たな知見を得ることが出来たので、今後はこの構造ゆらぎ特異性と酵素反応について検証していく。 また、反応性の高いシステインを同定する際に明らかになった好冷細菌由来グルコキナーゼの熱安定性機構についても、部位特異的変異体導入法および円偏光2色性分光法より解き明かすことが出来たので、この知見が酵素学における普遍性を持ったものであるか検証していく必要がある。 さらにX線結晶構造解析を用いて、静的構造解析が可能な品質の単結晶を得るための条件設定をいま一度絞っていく。
|