研究課題
生物の遺伝情報は常に損傷と修復を繰り返して変化する。多細胞生物では受精を起点に個々の細胞の増殖分化プロセスで遺伝情報は変異を蓄積して癌や老化等の原因になるものと考えられる。興味深い事に、各細胞系譜の遺伝的安定性は均一ではなく、個体発生過程では生殖系列サイクルにおいて遺伝情報の恒常性が特に高く維持されるものと考えられる。しかし、遺伝的安定性がどの様に発生プログラムと連携して機能調節を受けるのか、また何故生殖系列サイクルの遺伝的安定性は高いのか等について、制御基盤の理解は殆ど進んでいない。本研究計画では、哺乳類の初期発生過程と生殖系列サイクルの遺伝的安定性の発生制御メカニズムの解明を目的として、(1)初期発生過程と生殖系列サイクルの遺伝的安定性の発生制御の全体像、(2)遺伝的安定性の制御遺伝子群の発現調節機構、(3)遺伝的安定性の人為制御が細胞・個体に与える影響、の解明を目指す。遺伝的安定性の発生制御は生物学上の重要課題であると共に、その制御技術は幹細胞リソースの応用等に広く重要である。本年度は、上記の(3)について、マウス初期胚由来の胚性幹細胞において細胞周期活性に影響を与える低分子化合物群のスクリーニングを行い、特定の遺伝子経路の活性を調整する事で多分化能を維持し、且つ、染色体分配の安定性を向上可能であるproof of concept (POC)を得た。即ち、多分化能の維持と細胞増殖プログラムは分離可能で、且つ、染色体安定性を人為的に向上する事が可能な遺伝子経路が存在する事を示唆する重要な成果を得た。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、マウス初期胚由来の胚性幹細胞を用いて、細胞周期活性とチェックポイント活性のバランスに関与する遺伝子群の過剰発現実験と低分子化合物スクリーニングを行った。過剰発現実験については、目的遺伝子のcDNA発現レンチウイルスベクターを各種構築すると共に、遺伝子発現を活性化する変異型CRISPR/CAS9システムと目的遺伝子プロモーターに結合するgRNA発現コンストラクト(piggybacシステム〕を構築してgain-of-function実験に用いた。また、低分子化合物については細胞周期活性の抑制やチェックポイント経路の活性化に関与する様々な機能分子群のスクリーニングを行った。表現型の指標としては、多数の条件のスクリーニング実験が容易な染色体分配の正確性を定量化すると共に、目視による解析を補助するpythonプログラムの作成等を行った。その結果、マウス初期胚由来の胚性幹細胞において、特定の遺伝子経路の活性を調整する事で多分化能を維持 + 染色体分配の安定性を向上可能であるproof of concept (POC)を得た。同経路の制御は、特にDNA複製および染色体分配に関わるゲノムストレスに対して、明瞭に染色体分配の安定性を保つ作用を示す事が明らかになった。
生殖系列サイクルの遺伝的安定性の制御遺伝子群のマルチオミクス解析: 多能性幹細胞、生殖幹細胞、体細胞の各細胞系譜の発生段階による遺伝的安定性の相違は、その制御遺伝子群(DNA修復、DNA複製、染色体制御、細胞周期制御、抗酸化制御など)の遺伝子発現調節や機能調節に基づくものと考えられ、その実体にアプローチするためにマルチオミクス解析を継続する。前年度までの研究により初期胚から生殖細胞を通じた生殖系列サイクルの発生段階に応じて特徴的な発現パターンを示す幾つかの機能遺伝子群を同定した。今年度は特に細胞周期活性とチェックポイント活性のバランスを制御する遺伝子群/ 経路について、多能性幹細胞等を用いたgain-of-function/loss-of-function実験を行い、細胞増殖能、未分化/分化能の保持、染色体安定性等の詳細な解析を行う。遺伝的安定性の人為制御が細胞・個体に与える影響: 昨年度までに上述のマルチオミクス解析と併せて、多能性幹細胞の染色体安定性に影響を与える遺伝子・化合物の候補スクリーニングを進め、染色体安定性を向上する化合物候補を同定する事に成功した。本年度は、同化合物のターゲットが実際に想定される遺伝子/経路であること(オフターゲット効果では無い事)を、遺伝子機能のgain-of-function/loss-of-function実験により検証すると共に、機能メカニズムの解明を目指す。また、同遺伝子/ 経路の制御が多能性幹細胞の細胞増殖能と未分化/分化能のバランスに与える影響や個体発生のに与える影響を調べ、幹細胞リソースの染色体安定化へ向けた技術基盤を得る事を目指す。
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