研究課題
植物がリン栄養環境情報に基づき免疫・共生を調節する分子機構に関して、主に以下の成果をあげた。1)Colletotrichum属共生真菌Ct及び病原真菌Ciは、ともに宿主シロイヌナズナの免疫共受容体BAK1を選択的に除去して根へ感染することを示した。予想通り、BAK1依存的に認識される真菌MAMPの存在を確かめた。2)PepペプチドーPEPR免疫シグナル系について、リン欠乏条件における細胞質キナーゼBIK1の蓄積量増加が同条件におけるシグナル増強に寄与することを示した。PEPR経路とリン枯渇応答(PSR)の主要制御因子PHR1/PHL1経路とLPR1/LPR2経路の変異体を用いたRNA-seq解析により、リン欠乏条件でPep応答性が増強される遺伝子をリスト化した。その大部分に対して、PHR1経路は抑制的に、LPR1経路は促進的に働く一方で、一部の遺伝子群に対しては両者が促進的に働くことを突き止めた。また、驚くべきことに、両PSR経路に加えてPEPR経路にも依存して、PSRに伴い誘導される遺伝子群を同定した。すなわち、PEPR経路は免疫制御機能に加えてPSR制御機能を有していることが示唆された。3)両PSR経路・PEPR経路の多重欠損変異体の解析により、①両PSR経路が冗長的にCi抵抗性に寄与すること、②両PSR経路・PEPR経路のうち複数経路を欠損した植物はリン栄養十分土壌においても成長が著しく減退することを示した。PSR経路による免疫・共生制御の可能性が強く示唆され、多重欠損変異体においてRNAseq解析及びメタ16S菌叢解析を実施した(データ解析中)。4)両PSR経路とは独立にリン欠乏条件でのカロース蓄積に働く、PMR4カロース合成酵素を介した新規PSR経路を発見した。5)Ct共生やPSRに関する種内多型を記述した。しかし、GWASによる原因遺伝子同定は困難と判明した。
2: おおむね順調に進展している
当初計画した3項目のうち、(1)Colletotrichum属真菌のMAMP同定とその植物認識メカニズムの解明及び(3)Ct共生やPSRに関するシロイヌナズナの種内多型について一定の進捗はあったが、続いて分子基盤の同定や詳細解析に向けては生産性の高い進展が難しいと判断し、今後のエフォートを下記に集約するため。(2)PEPRシグナル系とPSR(リン枯渇応答)経路の関係性の解明に関しては、上記の実績概要の大部分を占めていることからも明らかな通り、予想をはるかに上回る成果を得ているため。特に以下の発見は、高い進歩性を有しており、関連分野におけるブレークスルーとして位置付けられる。①共生菌を受容する貧栄養条件では一般に免疫が低下するという通説に対し、むしろ同条件で増強され、病原菌抵抗性に寄与するPEPRシグナル系を同定し、さらにその増強基盤を明らかにした点。②専ら免疫制御に働くとされていたPEPR系がPSR(リン吸収や成長)の制御にも寄与すること、並びに当機能の標的となる遺伝子群をリスト化した点。③専らPSRの主要制御経路として理解されてきたPHR1/PHL1経路及びLPR1/LPR2経路が、栄養十分条件において植物免疫や共生の制御に働くことを示唆する知見を得た点。④両PSR経路とは独立の、もともと免疫応答時のカロース蓄積の責任カロース合成酵素として同定されたPMR4を介した新規PSR経路を見出した点。以上の発見から、植物の免疫制御とリン栄養応答制御が従来のパラダイムを越えて密接に関係しあうことを示し、その分子リンクに関しても基礎的な情報を得た点は極めて高く評価できる。現在、一部の成果について論文執筆中である。さらに、環境ストレスと植物免疫の関係性について総説を発表し、塩ストレス耐性におけるPEPRなどパターン認識受容体の役割及びその分子機構についても論文投稿に至っているため。
最終年度は、項目(1)(3)についてこれまで得た情報やリソースを活用しながら、最も進捗や発展性が大きい項目(2)に注力して研究を進める。まず、リン枯渇応答(PSR)制御因子による植物免疫及び微生物共生の制御メカニズムの解明を進める。既知及び独自のスクリーニングで得た未発表のPSR関連変異体のPep1応答・Ct共生を解析して、PEPRシグナル系及びCt感染制御におけるPSR制御経路・因子の作用点や役割を明らかにする。PSRおよび免疫応答におけるカロース蓄積が同一の酵素PMR4を介していること、並びに既知の主要PSR制御経路であるPHR1経路・LPR1経路とは独立の新規PSR経路を介していることを見出した。そこで、本経路の機能解明を進めるとともに、他のPSR経路との関係性やシグナル統合メカニズムの解明を進める。次に、無菌のリン十分培地では正常であるものの、リン十分土壌において生育不良を示すphr1 phl1 lpr1 lpr2など両PSR経路の同時欠損変異体やphr1 phl1 pepr1 pepr2変異体を用いて、両PSR経路やPEPR経路による免疫・共生制御の実態や分子メカニズムについて解明を進める。根に共生するマイクロバイオームに着目して、PSR機能不全が共生・免疫制御不全につながる可能性やPEPR系がPSR制御に働く可能性を検証し、その分子基盤について調査する。これらの変異体においてRNA-seq解析やメタ16S菌叢解析・メタゲノム解析を行い、PSR経路と免疫系の遺伝学的相互作用を明らかにし、分子リンクの解明を進める。現在、リン欠乏条件において増強されて病原菌抵抗性の保持に働くPEPR系及びその分子基盤の同定に関して論文を執筆中であり、加えて上記の成果についても取りまとめや学会・論文報告を行う。
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すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件)
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