本研究は,野外実験と器内の共生培養実験を組み合わせたアプローチによって,植物が生活史のどの段階でいかに共生菌の種や特異性を変化させるかを明らかにするとともに,菌共生パターン変化の適応的意義と進化過程を解明することを目的とする。 本年度はラン科トサカメオトランをモデルとし,さまざまな生活史段階の菌根菌の解明ならびに,本種の広域分布と菌根共生との関連の解明をめざす研究を中心に実施した。トサカメオトランは,亜熱帯~熱帯アジア,オセアニアに広く分布するラン科では数少ない広域分布種で,国内では琉球・小笠原諸島に分布している。ラン科は共生する菌類(菌根菌)からの栄養が幼若期の成長に必須である上,種によって共生しうる菌種が異なることが多いため,特定の菌根菌が分布する場所でしか定着できない。このような制限の中,本種はどのようにして広域分布を成し得たのだろうか。石垣島,西表島,与那国島より6集団20成熟個体の根を採取し,菌根菌の種類をnrDNA ITS領域の塩基配列に基づき分子同定した結果,本種がOxyporus,PsathyrellaやTulasnellaなど複数の担子菌類と共生していることが明らかになった。さらに種子発芽を誘導する菌を明らかにするため,成熟個体の根より単離したPsathyrella1菌株とTulasnella2菌株を用い,in vitro下で本種の種子と菌との2者培養を行った。その結果, Psathyrellaのみが発芽を誘導したことから,発芽時は成熟時より菌への特異性が高くなる可能性が示された。検出されたPsathyrellaはインドやラオスに由来する配列と高い相同性を有したことから,広域分布する菌類と特異的に共生することで,トサカメオトランが広域分布を成し得た可能性がある。
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