音の時間情報を幅広い周波数域で正確に処理することは、聴覚の機能発現に不可欠である。ニワトリ脳幹の蝸牛神経核では、興奮性シナプス入力の数やサイズ、イオンチャネルの発現が神経核内で周波数域毎に異なり、このことにより各周波数域での正確な時間情報処理が可能になる。この機能分化には聴覚入力が関わると考えられるが、そのしくみは明らかでない。従って、本研究では上記神経核での周波数域依存的な機能分化の詳細と形成過程、さらにその分子機構を明らかにすることを目的としている。 蝸牛神経核を含む切片培養標本において高K液刺激を行うと、細胞内Ca濃度は全周波数域の細胞で同様に上昇するにも関わらず、電位依存性Kチャネルの発現増加は高音域の細胞でのみ生じる。これらの知見は、Kチャネル発現制御の細胞内Ca濃度依存性が細胞毎に異なり、このことが周波数域に応じた聴覚入力依存的なKチャネル発現の違いに関わる可能性を示唆する。従って、この高音域の細胞でのKチャネルの発現増加に対する種々の阻害薬の効果を検討した結果、アデニル酸シクラーゼの阻害剤(DDA、SQ22536)で阻害されることを見出した。さらに、このKチャネルの発現増加はアデニル酸シクラーゼの活性化剤(FSK)、膜透過型cAMP誘導体(8-br-cAMP、DB-cAMP)及びホスホジエステラーゼの阻害剤(IBMX)により再現された。これらの結果は、このKチャネルの発現増加には細胞内cAMPの上昇が関わることを示している。一方、FSK、8-br-cAMP、IBMXのいずれも低音域の細胞でのKチャネル発現に影響しなかったことから、周波数域に応じた細胞内Ca濃度依存性の違いはcAMPよりも下流のシグナル経路の違いによると考えられた。
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