研究実績の概要 |
私たちは、チアゾリン類恐怖臭(Thiazoline-related innate fear odor: tFO)が、背側嗅覚経路に存在する嗅覚受容体に加え、三叉神経のTransient receptor potential ankyrin 1 (TRPA1)受容体に直接結合することで先天的恐怖行動を誘導することを解明した(Wang et al., Nat commun 2018)。また、tFO刺激は低体温、低代謝、低酸素抵抗性を誘導し、致死的な低酸素状態での生存を可能にするという新たな生物学現象を発見した(Matuso et al., Commun biol 2021)。さらに、これら保護作用のほとんどがTrpa1をノックアウトしたマウスでは著しく低下することを解明した。TFOによる体温低下には、Trpa1を介した三叉神経/迷走神経経路と、Trpa1を介さない嗅覚経路が関与している。TFOは、三叉神経節や迷走神経節から脳幹の三叉神経核(Sp5)や孤路核(NTS)に投射するTrpa1陽性の感覚経路を活性化し、それらを人工的に活性化することで低体温を誘導する。TFOの提示はNTS-中脳傍腕核(PBN)を活性化して低体温と代謝低下を引き起こすが、この活性化はTrpa1ノックアウトマウスでは抑制されていた。重要なことに、TRPA1の活性化だけでは、tFOによる抗低酸素作用を引き起こすには不十分で、Sp5/NTSの活性化も併せて起こることが必要であることが明らかになった。この原理に従うことで、致死的な低酸素状態にあるマウスを、既知のtFOに比較して10倍以上も長く生存させることできる新たなtFOを発見した。適切なtFOとTRPA1の組み合わせは、危機状態での生存に関係する潜在的な生理学的反応を引き起こすことが明らかになった。
|