研究課題/領域番号 |
18H02639
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
三好 弘之 京都大学, 産官学連携本部, 特任准教授 (30362479)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | スフェロイド / 組織幹細胞 / がん幹細胞 / Wnt |
研究実績の概要 |
(I)組織アイデンティティを特定するエピジェネティック修飾の同定 幹細胞培養に用いる培養液の調整法を再検討し、L-WRN培養上清の濃度を50%から75%に変更して、培養上清マウスの内胚葉由来組織(肺、胸腺、肝臓、膵臓、胃、小腸、大腸)および腎臓から正常上皮スフェロイド株を樹立した。これらのスフェロイドからRNAを抽出し、マイクロアレイ発現解析によって組織特異的に発現する転写因子群を同定した。これらの遺伝子発現をクラスター解析した結果、最も近縁であった肝臓と膵臓の幹細胞スフェロイドについてATAC-seqによるオープンクロマチン領域の検出を行った。その結果、膵臓特異的に発現するいくつかの転写因子のゲノム領域に大規模なオープンクロマチン領域が存在することがわかった。一方、肝幹細胞に特異的なオープンクロマチン領域は少なかったことから、遺伝子導入による肝臓から膵臓への組織転換の可能性が示唆された。 (II)細胞の腫瘍化を誘導するエピジェネティック修飾の同定 マウス小腸スフェロイドおよび腸管に腫瘍を自然発症するApcdelta716マウスの小腸腺腫スフェロイドを用いて、マイクロアレイによるmRNA発現解析と、ATAC-seqによるオープンクロマチン領域の検出を行った。また、大腸がん患者由来のがん幹細胞スフェロイド40株のmRNA発現プロファイルとの比較により、マウス腺腫スフェロイドとヒト大腸がんスフェロイドで共通して発現が変化する遺伝子を同定した。マウス腫瘍と38株のヒト大腸がんスフェロイドについてはWntシグナルの標的遺伝子を誘導する転写因子LEF1を様々なレベルで発現しており、正常大腸上皮スフェロイドと2株の大腸がんスフェロイドはLEF1を全く発現していなかった。このことから、初期の発がんメカニズムの違いによって大腸がんがWnt活性型と不活性型の2群に分類されることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
全体的に研究は当初の計画通り進行し、予期しなかった知見も得られた。 (I)組織アイデンティティを特定するエピジェネティック修飾の同定 初年度は本研究の基礎となるmRNA発現およびエピジェネティック修飾のデータを取得し、解析を行った。まず、培養条件の改善により、均質な幹細胞集団を解析に用いることが可能になった。計画の通り、まず様々な組織由来の幹細胞を用いてマイクロアレイによる発現プロファイル解析を行い、最終目的である組織転換実験の対象組織として肝臓と膵臓を選択し、エピジェネティック解析を進めた。当初の計画ではエピジェネティック修飾の解析にH3K27acを標的としたChIP-seqを行う予定であったが、高品質の幹細胞を10の7乗オーダーで大量培養するのが困難であると判断したため、細胞数が10の5乗オーダーで解析が可能なATAC-seqに変更した。スフェロイドを用いたATAC-seqはプロトコールが確立していなかったため、まず小スケールでサンプル採取法の検討を含めた予備実験を行い、後に本実験を行った。その結果、一般的な基準をクリアする良質のデータを得ることができた。 (II)細胞の腫瘍化を誘導するエピジェネティック修飾の同定 マウス由来サンプル(小腸上皮および小腸腺腫)を用いた実験は(I)と並行して行い、発現プロファイルとオープンクロマチン領域の検出を行った。また、すでに別のプロジェクトで解析した患者由来大腸がんスフェロイドの発現プロファイルを利用して、マウスとヒトで共通して変化する遺伝子群を同定した。その結果、80%以上の大腸がんでみられるWntシグナルの自律的活性化メカニズムだけでなく、少数派であるWnt不活性型大腸がんの発がんメカニズムの解明につながる知見も得られた。
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今後の研究の推進方策 |
(I)組織アイデンティティを特定するエピジェネティック修飾の同定 今年度は引き続き前年度に対象としなかった組織の解析を行う予定であったが、肝幹細胞と膵幹細胞の比較で興味深い発見があったことから、これらの組織特異的エピジェネティック修飾を維持するメカニズムを優先して解析する。具体的には、膵臓特異的に形成されるオープンクロマチン領域に結合する転写因子を同定し、その転写因子結合配列をCRISPRで破壊することにより遺伝子発現に与える影響を解析する。 (II) 細胞の腫瘍化を誘導するエピジェネティック修飾の同定 LEF1陽性とLEF1陰性のヒト大腸がんスフェロイドを用いてATAC-seqを行い、Wnt活性型とWnt不活性型の大腸がんのオープンクロマチン領域を検出する。得られた情報を統合して解析し、Wnt非依存的な増殖の鍵となるエピジェネティック修飾の候補を同定する。 (III) 人為的エピジェネティック修飾形成による分化転換と腫瘍化 本項目は計画を前倒しして今年度より行う。(I)に関連して前年度の結果より、肝臓から膵臓への幹細胞の転換が最も容易であると考えられた。そこで、膵臓幹細胞維持に重要な転写因子を肝臓スフェロイドで強制発現させ、膵臓への組織転換が起こるかどうかを調べる。また、肝臓、膵臓それぞれの幹細胞の分化能を調べるために、GFPを導入したスフェロイドを免疫不全マウス(NSGマウス)の腎臓あるいは肝臓被膜下に移植する。さらに、同系移植が可能かどうかを調べるために、不活性化GFPを発現するトランスジェニックマウスを用いて移植実験を行う。(II)に関連してWnt活性型とWnt不活性型大腸がんの発生に関与すると考えられる遺伝子を正常腸上皮幹細胞に発現させ、Wnt非依存的な増殖が起こるかどうかを調べる。
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