Wntは分子量約4万の分泌蛋白で、細胞表面の受容体に結合するリガンドとして機能する。Wntによって惹起される細胞内シグナルのうち、β-カテニン非依存性経路をnon-canonical Wntシグナルと呼び、このシグナル伝達経路を活性化する主なリガンドとしてWnt5a、Wnt11が知られている。そこで本研究ではWnt5aの心筋特異的ノックアウトマウスを用いて、non-canonical Wntシグナルが心疾患の発症進展に果たす役割とその分子機構を解明することを目的とした。 心筋特異的誘導型Wnt5aノックアウトマウスを作製し左室に圧負荷を加えたところ、野生型マウスでみられた左室駆出率の低下が軽減され、心筋細胞由来のWnt5aが心不全を増悪させることが明らかになった。non-canonical Wntシグナルの指標としてphospho-JNK、phospho-CaMKIIをWestern blotを用いて定量評価したところ、野生型マウスと心筋特異的誘導型Wnt5aノックアウトマウスで顕著な差はみとめられなかった。また、JNK以外のMAPK経路としてERKやp38のリン酸化も評価したが、同様に野生型とノックアウトマウスで明らかな差はなかった。 そこでノックアウトマウスと野生型マウスの心臓における遺伝子発現をRNA seqで網羅的に解析したところ、ノックアウトマウスではメカノ応答遺伝子の発現が低下していることが明らかになった。また、培養心筋細胞に伸展刺激を加えると代表的なメカノ応答遺伝子であるBNPの遺伝子発現が誘導されるが、Wnt5aをノックダウンした心筋細胞では伸展刺激によるBNPの発現誘導が減弱していた。以上の結果からWnt5aが心筋細胞におけるメカノトランスダクション機構を制御することにより心不全を増悪させる可能性が考えられた。
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