研究課題/領域番号 |
18H03043
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研究機関 | 国立研究開発法人国立環境研究所 |
研究代表者 |
平野 靖史郎 国立研究開発法人国立環境研究所, 環境リスク・健康研究センター, フェロー (20150162)
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研究分担者 |
菅野 さな枝 名古屋市立大学, 医薬学総合研究院(医学), 講師 (50391090)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 陽イオン / 粒子状物質 / 肺 / マクロファージ / 表面活性 |
研究実績の概要 |
昨年度までに、塩化ベンザルコニウムや塩化セチルピリジニウムの細胞毒性や毒性発現機序に関する研究を進めてきた。今年度は、粒子の細胞内への取り込み過程、ならびに陽イオン界面活性剤によるインフラマゾーム誘導過程について詳細に調べた。貪食細胞表面に発現しているMacrophage receptor with collagenous structure (MARCO)は粒子状物質の認識に重要な役割を果たしている。GFPで標識したMARCO、あるいはテトラサイクリン作動性因子下流に組み込まれたMARCOを細胞に強発現させ、MARCOを介した粒子の取り込みを、20nmのポリスチレンナノビーズ、マウスあるいはヒト血清から調製したエキソゾームをモデル粒子として調べた。これらの粒子は、ともにMARCOを介して細胞に取り込まれること、さらにアクチン重合やダイナミンの関与が必要であることが分かった。陽イオン界面活性剤をエアロゾルとして吸入すると肺に炎症が引き起こされ、韓国においては死亡事例まで報告されている。そこで、陽イオン界面活性剤を曝露したマクロファージにおいてインフラマゾームが誘導されるかどうか、ホルボールエステルで刺激してマクロファージ様に分化させたヒト単球系細胞であるTHP-1を用いて調べた。塩化ベンザルコニウムや塩化セチルピリジニウムを曝露した細胞では、カスパーゼ1の活性化とともに活性化インターロイキン1(IL-1beta)の産生が認められたのに対し、陰イオン界面活性剤であるSDSを曝露した細胞ではインフラマゾームの誘導が認められなかった。陽イオン界面活性剤の吸入に伴う肺の炎症が、インフラマゾームの誘導を介する可能性をはじめて示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
塩化ベンザルコニウムや塩化セチルピリジニウムなどの陽イオン界面活性剤は殺菌剤として広く使われているが、吸入した場合に肺に強い炎症を起こすことが示唆されている。しかし、陽イオン界面活性剤が炎症を起こす作用機序については、いまだに明らかにされていない。これまでの実験において、陽イオン界面活性剤が、インフラマゾームを誘導するという極めて新しい知見を見いだした。インフラマゾーム形成は、通常アスベストや尿酸結晶などのDanger-Associated Molecular Patterns (DAMPs)によって誘導されることが知られている。本研究において、陽イオン界面活性剤によりインフラマゾームの誘導が認められたが、陰イオン界面活性剤では認められなかったことから、陽イオン界面活性剤にはインフラマゾームに対する特異的な反応性があるのではないかと考えられる。ここにおけるインフラマゾームの形成は培養細胞を用いて調べたものであるが、今後は実験動物より調製した細胞を用いて検証を行う必要がある。一方で、G3BP1の液-液相分離を指標として、陽イオン界面活性剤がStress granules(SGs)を誘導するかどうかについても、別途研究を進めた。SGsの誘導は、陽イオン界面活性剤だけではなく陰イオン界面活性剤を曝露することでも誘導された。しかし、これまでにSGsの誘導するストレッサーは限られており、界面活性剤によりSGsが誘導されることを見いだしたことの意義は大きいと考えている。陽イオン界面活性剤による生体影響の機序が明らかになりつつあるが、イオン性を持たない界面活性剤も含めて、界面活性剤を曝露した生体の炎症応答を総合的に評価しているところである。粒子状物質の細胞内取り込み機構に関しては、マクロファージ表面レセプターが重要な役割を果たしていることを明らかにして論文発表を行った。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究において、極めて新しい2つの知見が得られた。1点目は、陽イオン界面活性剤がヒトマクロファージセルラインであるTHP-1細胞のインフラマゾーム形成を促進させ、炎症性サイトカインであるIL-1betaの活性化を昂進させたという点である。これは吸入した陽イオン界面活性剤が肺胞腔において強い炎症を引き起こす毒性発現機序として考えることができる。もう一点は、極めて高濃度の短時間曝露ではあるが、陽イオン界面活性剤は陰イオン界面活性剤ともにSGsを誘導するという点である。細胞におけるSGs形成に関する研究は、膜構造を伴わないことから相分離生物学で重要視されている。SGsの誘導する因子としては、亜ヒ酸、高張液、熱ショックなどに限られていたが、本研究により界面活性剤でも強く誘導されることがはじめて明らかとなった。インフラマゾーム形成が、塩化セチルピリジニウムやベンザルコニウムなどの陽イオン界面活性剤でのみ誘導され、SGsの形成が陽イオン、陰イオン界面活性剤の両者によって誘導されることは極めて興味深くさらに解析が必要である。以上のことから、実験動物個体より調製したマクロファージを用いて、インフラマゾーム形成のメカニズム研究をさらに進める予定である。まず、マウスより骨髄細胞を採取し、M-CSFを用いてマクロファージに分化させた後、界面活性剤によりインフラマゾームやSGsの形成が見られるかどうか調べる。培養細胞において見いだされた知見を動物個体より調製した細胞において検証し、最後に陽イオン界面活性剤の炎症誘導機序を明らかにする予定である。
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