研究課題
本研究は、個人から得られるゲノム時系列データを含む異種多次元情報を統合し、個人の異質性を考慮した上で、病態の経過を予測しかつ制御するための情報を抽出する数理的方法論を構築することを目的としている。この目的の為、本年度は昨年に引き続き、ゲノム解析、臨床データ抽出、パラメータの予備検討を行なった。1)まず、患者個人の予後に潜在的に寄与する可能性のあるバイオマーカーとして、血清中に存在する腫瘍由来循環DNA(ctDNA)に注目し、造血幹細胞移植(n=53)を受けた急性骨髄性白血病(AML)の症例において治療前の腫瘍検体を用いた全エクソン解析を行ない、症例毎にドライバー変異を同定した。次にドライバー変異の情報を基に、血清中ctDNAを検出可能なアッセイを作成し、治療後血清検体を用いてctDNAの検出を試み、ctDNA残存の有無と予後の相関を検討した。その結果、移植後ctDNAが検出される症例では、有意に再発率が高く予後不良であること、血清由来ctDNAを用いた再発予測性能は、高侵襲性の骨髄検査の性能と同等である事を証明した。この知見から治療後の骨髄などの腫瘍検体が得られない症例においては、ゲノム時系列データの代替として、ctDNAをパラメータとして組み込む事も、病態の経過を予測する数理モデルの開発において有用であると考えられた。現在この知見をAMLと急性リンパ性白血病を対象として前方視的に検証している。さらに、より良質なゲノムデータを含む血液疾患の異種多次元情報を多施設から前方視的に収集する枠組みを整える目的で、多施設共同臨床研究(n=2000)を策定した。これらにより、本研究の最終目標である数理モデル開発に資する、患者個人から得られるゲノム時系列を含む異種多次元情報の抽出が加速すると思われる。また腫瘍異質性を考慮した複数情報統合枠組みおよびゲノム時系列予測モデルの開発を進めた。
2: おおむね順調に進展している
現在までに、ゲノム解析、臨床データ抽出、異種多次元情報パラメータの予備検討として、ctDNAに注目し、造血幹細胞移植(n=53)を受けたAMLの症例において治療前の腫瘍検体を用いたゲノム解析を行ない、移植後にctDNAが検出される症例では、有意に再発率が高く予後不良であることを後方視的に示せた。この結果から、ゲノム時系列データの代替として、ctDNAを異種多次元情報のパラメータとしてモデルに組み込む必要があると考えられた。そこでctDNAの予後モデルにおけるパラメータとしての有用性を前方視的に検証する目的で、多施設共同前方視的試験を、AMLと急性リンパ性白血病(ALL)を対象として実施した。AMLでは55人、ALLでは11人の登録が得られ、診断時腫瘍と正常対照を用いた50人の全エクソンまたは全ゲノムシーケンスを行った。ctDNAの情報に加えて、患者個人の予後に潜在的に寄与する可能性のある臨床情報は調査票から収集した。さらに、東京大学医科学研究所附属病院で診療を受けた血液疾患のみを対象とした、既存の研究の枠組みのみでは、情報収集量と質において制約があると考えられた為、附属病院だけではなく、ゲノムデータを含む異種多次元情報を多施設から前方視的に収集する枠組みを整える必要があると考えられた。そこで複数の研究協力病院と協働して、前方視的に情報収集可能な臨床研究を策定し倫理審査を進めた、この臨床研究の承認により、本研究の数理モデル開発に資する、患者個人から得られるゲノム時系列データを含む異種多次元情報の抽出が加速すると考えられる。また数理モデルとして、腫瘍異質性を考慮にいれた、複数情報を統合する統計的枠組みの開発を行い、それに基づく高精度体細胞変異検出モデルの開発した。また個人の変異頻度時系列変化から背後の状況を推定し進展を予測する状態空間に基づくモデル方式の開発も進めている。
本年度は数理方法論構築に資するデータ抽出を引き続き推進し、これまでの検討により得られた知見を統合し、病態遷移予測モデルの構築を進めたい。データ抽出に関して具体的には、同意の得られた症例において、引き続きゲノム解析を推進したい。特に造血幹細胞移植症例に関しては、治療内容が均一であり、モデルの作成に適していると考えられる。そこで、本年度は造血幹細胞移植症例100症例を目標に全ゲノム解析と治療後のctDNAの解析を行う予定である。また、数理モデル構築に関しては、これまで開発に取り組んできた、個人間、個人内異質性を考慮したモデル化枠組みを利用して、ゲノム変異情報、ctDNA時系列情報、臨床情報等の複数の情報を統合した病態進展予測モデルの構築につなげたい。特に全ゲノム解析から得られる構造変異情報は血液腫瘍では重要であることがわかっている。しかしながら個々の症例から得られるデータだけでは情報が乏しい。そこで多癌腫を含む大規模がんゲノム解析プロジェクトから得られた構造変異の種類、頻度などから、も変異の影響を推定し、それらの情報も統合することも進める予定である。
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