研究課題/領域番号 |
18H03451
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研究機関 | 芝浦工業大学 |
研究代表者 |
清水 郁郎 芝浦工業大学, 建築学部, 教授 (70424918)
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研究分担者 |
上北 恭史 筑波大学, 芸術系, 教授 (00232736)
中村 真里絵 国立民族学博物館, 人類文明誌研究部, 外来研究員 (20647424)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | アユタヤー / キャナル / チャオプラヤー川 / 洪水 / サンドピット / CBT メーチェム / ムアンファーイ / グラビティ・イリゲーション |
研究実績の概要 |
当初予定通り、タイのアユタヤー県とチェンマイ県の水辺集落で文化的景観を維持する方法、失われていく要因を究明した。アユタヤーはチャオプラヤー川の豊富な水量を背景に水稲耕作が盛んで、生産地としての水田はキャナルと並んで文化的景観の基礎となっていた。集落はキャナル沿いに建設され、果樹園を含んだ屋敷地が連続する。屋敷の入り口はキャナル側で、ひとつの屋敷は複数の母系集団からなる屋敷地共有集団によって所有される。屋敷の奥に集落内道路、森林、水田が続く空間配置が一般的である。2011年に起きた大規模な水害は、在来種の稲の死滅、政府による水門の設置をもたらした。その結果、洪水被害は起きなくなったが、多くの農家が離農し水田を売却するケースが多発した。水田内の土壌が採掘された巨大な跡(サンドピット)が地域内の各所にできた。離農した農家は、土地の売却で得た資金でバンコクに移住し、空き家の増加も進む。生業ベースで組織されていた文化的景観は、大きな変容を余儀なくされている。一方で、政府が推奨するCommunity Based Tourismを積極的に推進する集落もある。そこでは、キャナルをはじめとする在来の文化資源を観光資源と読み替え、積極的に観光化を進めている。チェンマイでは、堰を使った伝統的な灌漑ムアン・ファーイ・システムを持つメーチェム郡で資料収集を行った。森林-農地-河川-農地-村-森林という、谷を中心とする居住空間の広がりを空間的に把握し、また、その維持保存方法を行政や住民へのヒアリングで聞き取った。谷を走る河川の上流から下流まで複数の堰をつくり、さらにその堰を分枝させ、農地全体に複雑に水路を張り巡らす。水流は地形の傾斜によって生み出される。本研究では、GPSを使った谷全体の実測や水路の平面上の把握を行った。また、複雑な灌漑システムを持続させてきた慣習を村人や行政から聞き取り、記録した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題は、現在までのところ、当初予定通りに進捗している。上記したように、研究対象地として選出したふたつの水辺集落において、ほぼ予定通りの研究資料の収集を行うことができた。アユタヤーに関しては、2019年2月から4月にかけて大学院生が現地に渡り、補足調査を含めた研究調査を実行中である。その内容は、文化的景観を組織する河川、キャナル、果樹園、屋敷地、灌漑水路、森、水田のより詳細な定量的データの収集、キャナル沿いに広がる複数の集落をカバーした文化的景観マップの作成、ヒアリングによる文化的景観の維持、保存方法の記録などである。さらに、木造伝統住居に関わる自然資源を同定し、一棟の住居に必要な数量や単価を調べ、資源利用についての資料を収集しているところである。加えて、その自然資源が建築材料として現在も利用可能か否かを把握し、自生量や栽培量を把握し、自生地や栽培地を地図上に蓄積する。 また、アユタヤーについては、上述の通り、水門の設置による景観変化や生業変化が急速に起きており、文化的景観の中心であったキャナルや河川をめぐる人々の諸活動も減少しつつある。そこで、どのような利活用方法があるのかを、地方行政や村人とともに考え、実現するための方策を、現地で考案しているところである。 一方のチェンマイでの研究に関しては、先の調査で収集した図面資料の整理、清書、インタビュー時の質問表のまとめを行っている最中である。とくに、断面図に関しては、詳細な植生を把握しているので、それらの識別が可能な精度の景観断面図を作成する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
以下の2点を念頭に置きながら研究を推進する。①アユタヤーにおいて顕著なように、特定の地域における水辺集落の文化的景観の消失、変容は予想以上に急速に進行していると考えられる。とくに、文化的景観の基礎となる生業の変化がそのような現象に深く関与していることは間違いない。生業変化から生態系を含めた居住空間の消失、変容に至る過程は不可逆的であり、一度そのような段階になった文化的景観を再生することは難しい。今後は、研究対象地において、文化的景観がどのような変容段階にあるのかを生業の様態を含めて評価する必要性がある。②アユタヤーで顕著な別の点は、水辺集落における在来の文化資源を観光資源に読み替え、CBTのような集落活性化につなげるという動向である。この前提として、水辺の文化的景観が一定程度維持保存されていることが肝要となるが、このようなCBTの活動とリンクさせることが、今後、水辺集落の文化的景観を維持保存、再生させるためのひとつの鍵になると考えられる。よって、すでに第一次調査を終えたチェンマイのメーチェム郡、2019年度に現地調査を行う予定のラオス南部チャンパーサック県のメコン川流域、ラオス北部ルアンパバーン県のウー川またはその支流における水辺集落において、文化的景観を把握する基礎調査に加えて、その変容の状況、CBT等の観光資源化の動向をあわせて究明する予定である。また、タイのアユタヤーとチェンマイにおいては、2019年8月から9月にかけて、捕捉的な第二次調査を行い、文化的景観の維持保存、再生に関するより詳細な資料を得る予定である。また、チャンパーサックで研究を行う際に、ラオス首都にあるラオス国立大学等で研究メンバーを集め、これまでの研究成果を集約して共有する機会を設けるとともに、アユタヤー、チェンマイの調査地における文化的景観の将来的な利用可能性を評価するための会議を開催する。
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